せっかい(※黄黒前提で黒←緑+高尾) 







        お好み焼き店の片隅で、高校の枠、勝ち負けの枠を飛び越えて祝勝会に混ざる海常・秀徳ペアの片割れたち。
        キセキの世代3人を有するテーブルを遠くに眺め、高尾の軽く浮ついた声が店内に抜ける。
        「いやぁ、今日は話が聞けてラッキーだったなぁ!」
        「俺より黄瀬の方が、段違いに注目度高ぇと思うけどな。」
        無理やりテーブルを移動させられた笠松は、他校の後輩の遠慮のない思慕を受け流す。
        「そんな事ナイですって!!月バスの記事、隅々まで読んで感動したんすから!」
        「そーかよ、それはそれで気持ちわりぃ・・・・・。」
        近頃、自分の周りにリアクション過多な後輩が増えたなと辟易しつつ
        笠松は残りのお好み焼きの焦げた部分を鉄ベラでかき集める。

        「笠松さんとこのキセキのキセくんはねぇ、なーんかあんま苦労してなさそーなんすよねー。」
        元々の釣り目をさらに細めて、高尾は悪びれもせずにつぶやいた。
        海常が口説いて手に入れた待望のキセキの世代に対して、同校の上級生に対してもたいした度胸である。
        あるいは馬鹿なのか、それとも馬鹿を演じているのか。
        高尾に対し笠松は、捉えどころのない気味の悪さを感じていた。

        「真ちゃんの話聞く限り、中2からバスケ始めて急に伸びたって聞いたし。」
        「真ちゃん、て誰だソリャ。」
        「あ、ウチの緑間真太郎、略して真ちゃんです。」
        高尾は自分の薄い口元に指先をあてがい、小気味よい笑顔で答える。
        「あれが真ちゃんてキャラかよ・・・・・。」
        黄瀬たちの4人席を見やれば、先ほどまで笠松が座っていた席にいるキセキの世代NO.1シューターは
        背筋を伸ばして微動だにしていなかった。
        腕組みをしたまま不機嫌なオーラを放っているのが、背中からでも見て取れる。
        「おーおー、真ちゃん機嫌ワルそー!」
        「あの状況、率先して作ったのはオマエだろが・・・・・。」

        「試合に負けたのもだけど、たぶん黒子と顔合わせるのに躊躇してんすよ。真ちゃんは。」
        軽く滑らかな口調はそのまま。
        テーブル席を眺める切れ長な流し目で、高尾の表情だけが鋭さを増す。
        「今日は、勝たなきゃいけない試合だったんですけどネー。あぁっ、真ちゃんカワイソウ。」
        ちっとも可哀想ぶってない芝居めいた言葉で、高尾は高みから見渡して
        今日の勝敗が生んだこの状況を楽しんでいるかのようだった。
        「写メとっとこ!そんで、後で先輩らに見せよ!」
        高尾はよく動く口端を上げて、携帯電話を手に取りはしゃぎ出す。

        「カワイソウって、試合負けたのはお前も一緒じゃねーか。」
        やはり、わざと浮かれた振舞いを演じているかにみえる高尾と、力んだままの緑間の背中を双方に見据えて
        笠松にはそれがひどく残酷な場面のように思えた。









        「真ちゃん、黒子とちょっとは話せたのー?」
        「何がなのだよ。」
        雨上がりの帰り道、リヤカー付き自転車の後方に座る緑間に問いかけるも、素直な返答はない。
        湿気を含んだ夜の向かい風が、先ほどの賑やかな店内で火照った身体を冷やしてくれている。
        「何がって。」

        黒子が誠凛にいるのは不相応だ。役不足だ。あれでは才能の持ち腐れだ。
        少しずつ言葉を変えながら、緑間は毎度そんなことを繰り返し言っていたように思う。
        思う、というのは、高尾が実際にコート上の黒子の姿を見るまで、話半分に聞いていたからだ。

        同学年の、有名なキセキの世代の話題に興味はあったものの
        自分の目で確かめていない、月バスにも載っていない選手の存在など正直軽視していた。
        帝光中の元チームメンバーの練習試合を、盛んに見たがる緑間に供だっていくうちに
        緑間は自分でも気付かぬまま、黒子に対する煮え切らない気持ちを吐露するようになっていった。
        聞き役に徹した高尾が内心驚くほど、どんな時もブレない想いだった。

        いくら昨年は新設1年目で決勝リーグ進出した実力校とはいえ、対戦相手全てにトリプルスコアで完敗。
        そんな誠凛には、10回やって10回勝てるレベル差があったはずだ。
        仮にも元・王者の一員が、望めば強豪校に進むことも出来たのに、しなかった。
        持てる人事を尽くさない。理解できない。
        勿体無い、という言葉は一度も使われなかったが、黒子の真の実力に対する評価は高いようだった。
        全ての言葉を取りこぼさぬよう聞き続けた高尾は、出会ってからわずかの期間で
        緑間の考えをおおよそ掴める域に達した。
        緑間にとって黒子の存在は、バスケスキルに関して、そしておそらくその人柄に関しても
        よほど失くしたくなかったもの。
        だからこそ、今日の負けは相当に堪えているはずだ。



        「だってさ、黒子の強さを認めてて、なのに黒子が自分のパス能力を最大限に発揮できる高校行かなかったからって
         よりにもよっての歴史の浅い新設校行って、またイチからやり直しだってのに納得いかなかったんでしょーが。
         勝負に負けたらもう文句、言えなくなっちゃうだろ?
         真ちゃんがいくら一緒にバスケしたいからって、もう文句言えないんだぜ。
         本当はそんなとこ居るのは場違いだって、俺のとこ来いって言いたかっただろーに。」
        「・・・・・黙るのだよ。」
        「まぁ、負けたばっかじゃあんまし次の事考えらんねーか。」

        自転車をこぐ高尾には、後方の緑間の様子はうかがい知れなかったが
        その口数の少なさから、今は何も引き出せそうも無い。
        これから緑間は苦しむのだ。
        不器用さゆえ、黒子を叩きのめして自分の考えを知らしめるはずだったのに出来なかった。
        取り戻したいのに、取り戻せない。
        正直、がっかりした面もある。
        血の滲むような努力をしてきた、今年引退の上級生を差し置いて、自分中心のチーム作りをする。
        己の実力に絶対の自信があるからこそ可能な、唯我独尊な試合展開は嫌いじゃなかった。
        全てのボールを緑間に回して、なお負けた。
        これから3年間、秀徳の中心になる存在が私情に捉われて、黒子ひとりに執着して何をやっているのか。
        なんて無様な結果だろう。

        けれど、ちっとも報われない緑間には同情も感じていた。
        こうしてる今だって、黒子を惜しむ気持ちは生殺し同然で。
        敗北のショックにしばらくは鎮まったとしても、
        カワイソウに。
        きっとその想いは何度もぶりかえすだろうに。