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              余罪 







        自分とは全然違う、恵まれた人たちにあこがれていた。
        どうしたって能力の低い自分のパスを、信頼して受け取って得点にしてくれる
        仲間たちとのバスケは純粋に楽しかった。


        初夏、今年も全国大会の覇者は一分の隙もなく帝光中だろうと予想される中、
        黒子が所属するバスケ部には練習試合の申し込みが殺到していた。
        超強豪校と名高い帝光中バスケ部へは、圧倒的に対戦校の来訪が多い。
        この日のように、相手校へ赴くというのは極めて珍しいことだった。

        湿気と熱気に包まれた体育館。扉は開け放たれているが、風通りはあまり良くない。
        スタメンの先輩方に混じり、すでに3年生を差置いてエース格となっていた青峰や
        3Pの得点力を買われた緑間らが交替で出場した練習試合。
        気温の上昇と共に夏が来る。どんな場面でも、どんな相手にも全力で向かっていった。
        自分たちに限界などないように思えた。皆が、皆でやるバスケが楽しくて仕方が無かった。
        黒子は誰よりも的確なタップパスを評価され、ベンチ入りするようになり
        のちに「キセキの世代」と呼ばれるメンバー達は、周囲より優れた才能を今にも開花させつつある只中だった。

        午前の試合を一区切りし、午後の合同練習再開まで
        個性的なメンバー達は自由気ままに各々の昼休みを過ごす。
        ただでさえ人の少ない休日の校舎、活動していた他部活の他校生たちは
        休憩場所のテラスへ向かうバスケ部員たちを遠くから眺めるばかり。
        あの帝光中バスケ部、というだけで畏怖の対象となっていた彼らへは、
        知れ渡っているユニフォームとジャージ姿で移動するだけで好奇の視線が向けられる。
        しかし当の本人たちは、周囲の事など全く気にも留めていなかった。

        「テツ、よくそんだけで足りんな。」
        屋根付きのオープンテラスに集まる面々、緑の色濃い中庭に面するスチールテーブルを占領し
        青峰は待ちきれないといった調子で我先に白米を頬張っている。
        隣で、惣菜パンのひと口目を噛み砕いていた黒子が答える間に
        「テツ君、これあげるー!」と割り込んできたのはマネージャーの桃井で、
        肉厚5センチもあろうかと思われる特大カツサンドの差し入れが登場した。
        「・・・・・オイさつき、窒息死させる気かよ。」
        「青峰くんにはあげるって言ってないし!あ、ミドリンも食べていいよー!」
        「この珍妙な厚切りキャベツは、何なのだよ・・・・・。」
        むくれた桃井から押し付けられた一切れを、脇に鎮座していた緑間が観察して呟いた。
        「そういや黄瀬のヤツどこ行った?」
        「なんかねぇ、また女の子に特攻かけられて何処か行っちゃったみたい。」
        青峰の問いに、慣れたように桃井が答える。
        それを聞いた部員たちはこぞって、戻ったらシバくか。と物騒な笑い話を始めたが
        誰も本気にしているわけではなかった。
        
        桃井から、注がれる覚えのない惜しみない愛情と、小さく分割されたカツサンドを与えられ
        食事を終えた黒子は賑やかなテラスを抜け、中庭へと歩き出た。
        集合時間までの散策のつもりだったが、テラスの上から見えていた一部分よりも実際は奥行きがある。
        夏を待つ木々の新緑を仰ぎ見ながら、双方に建つ校舎の渡り廊下をくぐると、
        白とグレーのモダンタイルが敷かれた憩い場のような区画につながっていた。
        平日は生徒たちの声であふれるのかもしれなかったが、
        今日は真昼の陽気から切り離された静けさで、緑の中、気温も低い。
        形良く整えられた植栽と森林が目に優しく、読書するのに良さそうな施設を羨ましく思いながら
        通り抜けようとすると、日陰になったベンチに座っていた黄瀬と目が合った。

        「ちょうど良かった。道分からなくなって困ってたんスよ。」
        女生徒に連れられていったという話だったが、立ち上がってゆっくり近づいてくる黄瀬は独りだった。
        「ご飯、食べたんですか?」
        「いや、食べる暇なかったんスよねこれが。」
        「早く食べないと、間に合わないですけど。」
        「一緒に戻るっス。あー、お腹すいた・・・・・。」
        何をしてたんですか。という無粋な問いを黒子は飲み込む。

        冬明け、本人の知らぬ間にファッション雑誌のコンテストに応募され、
        一万人以上をふるい落とす3次審査まで通過してしまった黄瀬の知名度は
        近隣の女生徒を中心に急激にあがっていた。
        勝手に書類審査に受かってしまっていた為、2次審査の面接やカメラテストに参加する義理はなかったのだが
        場所が家から近いし面白そうだから。という理由で暢気に出かけていった黄瀬はあいにくと、
        強運と恵まれた容姿を持ち合わせていた。

        「桃井さんがカツサンド作ってくれてましたけど、たぶんまだ残ってると思います。」
        「桃っちの手作りっスか・・・・・、ぶっちゃけ、美味しかった?」
        「あごが疲れました。」
        「黒子っち、なに食べたんスか・・・。」

        物怖じしない女子の行動力、それは騒がしくも遠巻きにしている同年代の生徒たちの比ではない。
        その誘惑を蔑ろにできない、突き放せない黄瀬の優しさと、抗えない好奇心。
        姿を消すことが多くなった彼だったが、黒子独自の薄い気配を逃すことなく
        構ってくるのは相変わらずだった。


        「来た道はこっちです。」
        黒子がオープンテラスへ向かう中庭の道を示し、先を見つめた間際。
        その背中に手を伸ばし、腰元の布地に指をかけて、黒子を引き戻す黄瀬。
        く、とつんのめり気味に曲がった黒子の腰を引き寄せ、振り向き様の彼に角度のついたキスを。
        一瞬の強張りののち、滅茶苦茶な力で後頭部ごと捕らわれ、受け入れずにいられなかった黒子を。
        「甘ったるいっスね。」
        離れ際、黒子の唇の表面をわずかに舐めてなお、意外そうな口調で飄々と、黄瀬は言った。
        「・・・・・、何なんですか、今の。」
        状況を判断するには短すぎる間、抑揚のない声で黒子は問う。

        「口直し。」
        少しも悪びれず鮮やかに笑って、黄瀬はその場に留まっている。
        「どうして僕が、見知らぬ女子と間接キスしなきゃならないんですか。」

        「突っ込むのはそこなんだ。ずいぶん思わせぶりなんスね、黒子っちは。」
        互いに否定しない。それ以上は、沈黙して語らなかった。
        わずかな風で、頭上の木々から葉擦れの音が響くほどの、静寂だった。
        黄瀬は追従を避けるように、喧騒へと戻る道へ向かっていった。

        皆と合流した時にはもう普段通りで、相手校の4番と6番をコピーしなきゃ仕置きだという
        部員からの無理難題に笑っていてしかも、午後にはその要望通りに応えていた。
        あの出来事を責めてもいい、そういう空気を纏ってはいたものの
        黒子はそれ以上何も言うことが出来なかった。





        あの頃の事を思い返せば、自分とは全然違う、恵まれた人たちにあこがれていた。
        どうしたって能力の低い自分のパスを、信頼して受け取って得点にしてくれる
        仲間たちとのバスケは純粋に楽しかった。
        けれど彼らの能力は、中学生のレベルを凌駕して成長していった。
        勝利のたびに嬉しくて笑いあった熱も薄れ、一人ずつ精悍な表情になっていく彼らとの距離が開き始めた。

        先行く5人の一番最後尾で、時折振り向きながら背後を伺っている様子の黄瀬は
        いつもと同じ笑顔を貼り付けていた。蔑ろにできない、突き放せない彼が使う、都合のいい顔だった。
        部活帰りの寄り道で覗かせる顔、黒子の通したパスで点を入れた時に見せる顔ではなく
        女子をあしらう時の笑顔と同じになっていた。
        その表情を見て、5人の中で一番残酷なのは彼だと思った。
        きっといつまでも、自分はその顔を忘れないだろうという予感があった。
        そうしてのち、結局、誰も自分のパスを必要としなくなった。もう、彼らの影ですらなくなっていた。
        帝光中は全国大会三連覇を成し遂げてしまった。





        「黒子っちが好き。」
        今更、どの口がそんな馬鹿げた事を言うのか、到底信じられない。
        昔から人懐っこい性質ではあったけれど、元々そういう感情があったのかどうかは
        あの一度きりの出来事からでも、推し量れなかった。
        もとより恋愛感情が希薄なせいで、ちょっとした痛み分けのつもりで承諾した黒子に。
        あの頃と決定的に違う甘い声で、甘やかしてくる人。

        バスケをして。一緒に帰って、軽口に笑って、袖がぶつかった。
        抱きしめられた。浮滑りした台詞を囁かれた。
        その告白が逃げないよう、さらに唇を被せられた。
        彼の常套手段かもしれなかった。

        けれど今の彼の感情の全てを牛耳っているのが、己身であるという事実は魅力的だった。
        自分の言葉や仕草で返される反応、どうすれば喜ぶのか、どうすれば徹底的に痛めつけ、傷つけることが出来るのか。
        この人の全ては今、僕に注がれていて、落ち込んだり喜んだり思うまま。

        あの頃のことを僕が忘れてるなんて、キミだけが思っていれば良い。