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              臨界 







        とかく、黒子の表情は自分を喜ばせるのに長けているのに、本人にはその自覚はまったくない。

        黒子が弾いたボールが渡る瞬間の、凛々しい横顔。短く息を吐く口元。
        得点に繋がった時にだけわずかに見せるゆるんだ頬角。
        試合の後半、いつもより重く腫れぼったくなったまぶたは黒子の疲労の表情で。
        上向きの蛇口で冷や水を浴びる、休憩中の彼の喉元と唇の動きが好ましかった。

        バスケをしている時だけでない。
        小ぶりな口を、控えめに開いて食事をする顔。いつも顎があまり開かない。
        そういう骨格なのかもしれないが、何を食べるにもよく噛んで食べているようにみえるのが可愛い。
        好きだと言っていたバニラシェイクを飲んでいる時は、ストローに口付けながら
        始終満足そうに自分の話を聞いてくれているのも、またたまらない。

        廊下での出会い頭、めざとい黄瀬から黒子に声をかけた時の、白い肌色の呆れ顔。
        通り過ぎる窓際から首だけ向けて、目だけで相手を捉える、最小限の仕草。
        黄瀬の周囲は賑やかな時がほとんどで、すれ違いざま、ささやかに一言だけ交わす挨拶。
        声をかけられた事に驚いてしまう自分に少し戸惑っているように、黒子の瞳はまばたきをする。

        よくよく見ていれば、こんなに表情豊かな黒子を見逃すはずがない。
        彼の存在に鈍感な周りに感謝する。
        そして彼に敏感な自分は、いよいよ末期だと思う。
        今、黄瀬は黒子だけを想っていて、首尾よく事進んでは破裂する夢を見るたびに弱っていた。
        連なるばかりで、深さの無い経験は通じない相手だった。

        ただ、何度かふいに奪ってしまった唇の感触は悪くなかった。
        黒子の口内は常にとろりとした感触で冷えていて、追い立ててやればきちんと反応を返してくる。
        できるだけ冷静になって、自分の熱量を差し引いても嫌がられている風ではないと感じた。
        吸い付くたび赤味を濃くする皮膚や、にじむ目元。
        湿り気を帯びた声は、さらに快感を増幅させた。
        奪うように触れるうちその勝手な解釈に自信をつけて、実力行使に出た黄瀬を
        黒子はついに拒絶しなかった。





        制服姿、普段見知っている、身に纏っているものを暴くのに、どうしようもなくためらう。
        肺中に空気が満ちているように息が詰まり、うまく吐き出せない。
        今更、初心者のように緊張し、興奮するなんて。
        どんな事も、黒子に対してだけは勝手が違っていた。

        目の前に座らせたまま慎重に手を進め、学校指定のカラーシャツから外み出し露わになった脇腹は
        色の対比でさらに白く、頼りなくみえた。
        耳縁をたどり、鎖骨へ口付け甘噛みしながらも、薄い皮膚に浮き上がった腰骨を指先でなぞっていくと、
        黒子はうつむいたまま、何か言いたげに口を小さく開き、細い身体を震わした。
        電気を消してすぐ、青い暗がりに響いた黒子の呼気だけで、黄瀬を煽るのには十分だった。
        「・・・・・どうしたの?」
        おそらく、初めてであろう行為に、極度に緊張している心中を察して耳打ちする。
        返答は期待せず、混乱を和らげるための間をもたせて
        着崩れ、引っかかっていたシャツごとこわばった身体を抱き寄せる。
        その背を、ゆっくりとした動作で撫でてやり丁寧にあやす。
        手の平が往復するうち黒子がようやく脱力し、前半身を黄瀬へと預けてきた。
        「・・・・・つづけて、ください。」
        黄瀬の肩口に埋まったままの体勢で、腕の中で声が聞こえた。
        「イヤじゃない・・・?」
        「・・・・・ハイ。」
        こく、と控えめに頷いた黒子は、やはりうつむいたまま黄瀬の胸元に額を擦り付けていた。
        背筋を丸めた身体はあたたかかったが、表情は見えないまま。
        今の返事と真意が同じものなのか判別できない。
        黒子にとってはデリケートな、許容範囲の差は埋められないのか。
        自分の想いだけ募って行き場はないのか。
        そう諦めかけた時。

        「怖くて、悔しいんです。」
        キミを怖がる自分が。
        それだけを呟いた黒子は、おもむろに顔をあげて黄瀬と視線を交わした。
        眉根を寄せた上目遣いが、困ったようにまたたいて、そしてまたうつむいて雲隠れしてしまう。
        それは黄瀬がとりわけ気に入っている、負けず嫌いな黒子の表情だった。

        「怖がらせて、ゴメンね。」
        黒子の背側に腕を差し入れ、抱き込むようにベッドに押し倒す。
        あらわになった顔を正面から覗き込むと、ふわりと浮いた前髪の下。
        また困ったように、今度は伏せ目がちに視線を脇に外す。
        額の前髪を掻き分け、小さく開いたままの唇に。
        口付けた時の距離で、睫毛の細かな震えが伝わった。
        「まだ、怖い?」
        足りなくなった息を吸い込んでは吐き、伏せたままの瞳。
        「でも、それだと」
        額から、耳たぶ、輪郭線に指先をすべらせて
        「俺に負けた気、しない?」
        黄瀬の言葉に釣られて、じろりと、黒目がちな瞳が中央に移動する。
        今度は分かりやすく、このやり取りは卑怯だ。と熱の染み出た目元で訴えていた。


        そういう黒子の虚勢を剥がし、とろかしていって、1番見たくて仕方なかった、
        夢にまで見た表情に辿り着くまで。
        沈み込み、初めて浮かされる先の黒子がもがいても、跳ね上がっても、離してやれなかった。
        これで最後だから。となだめた回数だけ、黒子の気配は普段よりも鮮明になっていき
        黄瀬のわがままな熱で、その姿を何度も、何度も、余す所無く焼き付けた。










      告白すっとばして臨界突破したという。