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              導火線 







        練習前の柔軟運動で、体育館の床に投げ出された、足の裏。
        自分よりも小さな黒子のバッシュの靴底が、無防備に投げ出されているのを
        前屈で首を下げた拍子に覗き見た。
        そうしていつも内心思っている、あれを脱がせるのは自分以外誰であってもならない。

        たとえば水洗いした素足のままで座る黒子の足元にひざまずき、差し出された片足を取り上げ
        親指の腹を使って、1つ1つの指の股を柔く揉みしだく。
        壊れ物を壊れないように触るみたいに丁寧に、少しずつその範囲を広げて
        足の指の脇から、黒子の身体の輪郭を削るように撫ぜていく。
        頭を撫でたり頬に触れたりするような容易く好意を示せる行為よりずっと間接的に
        微量な力の入れ具合で、終わりを感じさせない速度で
        自分の理性だとか黒子の自尊心だとかを引き伸ばし、限界まで薄くする。
        そうして黒子が黒子であるところの軸をぐずぐずに溶かしてしまいたいと思う。

        たとえば夏服のシャツから伸びる、筋張った細い腕。
        少し余った袖周りから、白い二の腕のその内側へ、そんな些細な部位にひどく惑わされる。
        ほぼ同時に、よく糊のきいているシャツの襟元にも引き寄せられる。
        俯きがちに読書に耽る後頭部や、身に着けている物にはいつも綺麗なラインが浮き出ていて
        黒子はいつも清楚で、真っ直ぐな成り立ちをしている。
        上からすっぽり覆うように抱き締めて、クセの少ない頭髪を掻き分け
        かぐわしい耳裏の匂いを吸い込んでみたいと思う。

        今まで知っている相手と同じように触るなんて、絶対に出来ない。
        ダブらせるなんてとんでもない。
        そんなこと絶対しちゃいけない相手だって分かっている。
        一体どうやって触れればいいんだろう。過去をなぞらないよう、触れるにはどうすれば。


        「何見てんだ?」
        部活の前半、練習メニューの違う黒子の姿を眺めていてしばらく動きを止めていた黄瀬に
        近くにいた青峰から声がかかる。
        「いや、何でもないっス。」
        短い返事をして続く会話を避けた黄瀬は、青峰からの視線をわざと無視し、
        小休憩にと体育館の出入り口へと向かった。
        開放されたままの扉付近で、黒子は近付く黄瀬に気付かないまま、片手のタオルで汗を拭っていた。

        黄瀬は壁際に置いておいたペットボトルを手に取り、悪戯に黒子の頬へとあてがう。
        突然冷たいものを押し当てられ、ビクリと震えた黒子だったが、黄瀬を仰いでもほとんど表情を崩さなかった。
        「お疲れっス、ここは風通って涼しいっスね。」
        「・・・・・いきなりはやめてください。」
        「黒子っちは涼しいとこ見つけるの得意そうだよね。」
        「別に普通だと思います。」
        「ハイ、これ差し入れ。」
        手にしたペットボトルをそのまま差し出す。

        タオルで拭う動作を終えた黒子は、今度は珍しく不快感を露わにした声で。
        「・・・・・、本気で言ってるんですか。」
        「何で?」
        見上げてきた視線は、黄瀬を射抜くように鋭い。
        「さっき。キミ目当てで見学に来てた子から受け取ってたの、見てたんで。」
        「そっスか。でもハイ、あげるっス。」
        なおも黒子の頬に押し当てているペットボトルは、貰った時には凍っていたもので、
        今は表面に水滴を垂らしながら液体に戻りかけている。
        汗を拭ったばかりの場所に再びボトルを当てられ、極端に冷やされ頬を濡らされて、
        黒子は少し苛立った様子でペットボトルごと黄瀬の手のひらを払い、強い力で押し返した。
        「でも、って何ですか。そうやって人の好意を簡単に投げ捨てるようなの、やめてください。」
        「何で?俺がもらった物を、誰に渡そうが勝手でしょ?」
        「・・・・・分からないんですか。」
        「だったらさっきの娘に、これ黒子っちにあげてもいいか聞いてくればいい?」
        「だからそういう問題じゃなくて、」
        「うん、俺も面倒くさいし。だから素直に受け取ってよ、ね?」
        「自分の持ってるんで、要らないです。」
        「なんか気分悪そうだけど、大丈夫っスか?」
        「お構いなく、・・・・・どちらかと言うと機嫌が悪いだけですから。」
        急激に表情を曇らせた黒子は、黄瀬の言葉を振り切り、扉の外へ出て行ってしまった。

        「お前、本当に何やってんだ・・・・・。」
        一部始終を見ていたらしい青峰が、背後で呆れた声色で呟いた。
        「アイツが一番嫌がるパターンだろ今の。」



        根気よく切り崩そうとして、失敗ばかりしている。
        嫌な事は嫌だときっぱり否定する黒子相手に、曖昧な手管は通じない。
        今まで便利だった表向きの優しさは裏目に出るし、黒子は黄瀬が過去にどういう付き合い方をしてきているか、
        全て推察して汲んでしまっていて、どうにも上手くいかない。

        何をやっても当たり前にこなしてしまう自分に比べ、レベルの低すぎる周囲を蔑みくすぶっていた黄瀬に
        戒めの言葉を与えたのは黒子だった。
        バスケに対する姿勢や、平凡に埋もれた稀な才能に感心したのがそのすぐ後。
        言葉を交わすうちに、負けず嫌いで物怖じしない心の強さが分かってきたし
        黒子が凛とした佇まいで紡ぐ言葉は、驚くほどすんなりと黄瀬の胸に届き、たちまち吸い込まれ馴染んだ。
        1軍に昇格した黄瀬がレギュラー入りし、近くにいる時間が長くなればなるほど、
        教育係として軽んじてた時には、姿を確認するのも苦労していたはずの存在は
        黄瀬の胸の内で、誰よりも大きな割合を占めるようになった。

        最近では本当に、姿を見かけるだけで嬉しくなる。
        朝の昇降口でも、昼の廊下でも、部活中でも、帰りの正門でも、
        ほんの些細な会話を交わすだけで充足感が違う。その日一日の価値が上がる。
        もっと喋りたい、もっといろんな表情を見たい。
        黒子に関する事をもっと知りたい。
        自分の存在を気にして欲しい、自分の事で頭を悩ませてほしい。
        想いは止め処なかった。

        黄瀬に対して何故か容赦のない黒子を力づくで押さえつけて、
        唇の表面を何度も舐めとった後に深く侵入したり、薄く開かせた口内にずぶずぶと親指を咥えさせたり、
        下着に手を突っ込んで屈服させてしまうことは今の自分にはたやすいだろう。
        股関節をガクガク震わせて立てなくなるぐらいにしてしまうのに、おそらく同姓であっても問題無い。
        むしろ黒子が相手であれば普段以上にしつこく、してしまうだろう。
        いつも控えめなトーンで喋る彼からは、どんな声があがるのか想像がつかないので
        黄瀬の脳内の黒子はいつも、歯を食いしばって声を殺している。
        いつも、喉をひくつかせて耐えている。

        告白したい。黒子が欲しい、全て欲しい。
        早く手に入れてしまいたい。
        思い詰めた果ての黄瀬は、彼の頭の中に居座るためなら手段を選ばなくなっている。

        黄瀬の言葉で傷つく黒子自身。
        これはこれで愉快に感じた。
        その返答、その表情、その仕草にも、存分に煽られていた。








           黄瀬の願望かなって「発露」「そして懐柔」につづくといいけど。