縁取り緑(※緑黒) 







        「何考えてんのか分からなそーでいて、結構分かりやすいんだぜ。」
        「・・・・・脈略なく何だ。」


        週末の部活帰り。体育館と校舎を結ぶ整然とした並木を抜けて、
        緑間と高尾は校庭の舗装路を歩いていた。
        今にも雪が降りそうな夜空の雲を見上げて、隣を歩く高尾は言葉を続ける。
        「真ちゃんさぁ、機嫌悪そーに見えて実は目力抜けてるの、自分で気付いてねーの?」
        「俺は常に憤ってなどいないし、だらしなくゆるんでなどいない。」
        「そう否定しながらも、案外ムッツリだよな。何か考えてる視線がさー、」
        口にして直ぐ殴られそうな気配を察して、高尾は緑間の横から一歩分空けて離れていった。
        「・・・・・・・貴様、」
        「今から黒子と会うんだろ。真ちゃんてば、まっる分かりー!」
        ひょいと首元のマフラーを引き上げ、笑う口元を隠した高尾はそれでも嬉々とした様子でいる。

        夏合宿の後辺りから、高尾は黒子の話題を不意打ちに振ってくるようになった。
        春に比べて眉間のしわが減っただの、角がとれただのと茶化してくる高尾が
        一体何をどこまで知っているのかなど聞きたくもなかった。分かり易くしているつもりも毛頭無い。
        が、黒子絡みの用事があれば、それは高尾に不思議と気取られる。
        「あー、マジ腹減った!お前らも何か食いに行ったりすんの?」
        「しっかし、さみーな!この分だと結構雪降るぜ。」
        「早く行かねーと電車もバスも動かなくなんじゃね?」
        はなから返事を期待していない高尾の問いかけが、校庭を離れ寒空に舞う。
        「明日オフだし、一緒に居んでしょ?」
        「・・・・・・・・・。」
        先ほど離れた分、すばやく緑間の肩先に寄っかかってきて高尾は小さく呟いた。
        「なぁ、指のテーピングってぶっちゃけどーしてんの?」
        「・・・・・・・・・・、何の話だ。」
        「だって触ってたら汚れんじゃ・・・・・ったぁー!!!」
        今度こそ逃げる隙を与えない速さの打撃に、隣で悲鳴が上がるもそれは自業自得というもので。
        「イテテ・・・・・悪かった!俺が悪かったって!マジで!!」
        痛みに耐える高尾は大げさに、両手で後頭部をさすってみせた。
        「でもま、オマエが傍に置くものってちょっと変わってっけど、
         それが無くてはならないものだから傍に置くんだよな。ケロ助やらニャン太郎にしろ、黒子にしろ。」

        校門を出た少し先の三叉路で、別に用があるらしい高尾は「今日は此処らで、」「じゃあな。」と
        手を振ってきて、2人は帰路を別つ。
        崩れぬ仏頂面の緑間に、こらえきれぬ含み笑いをこぼしたまま、
        瞬く間に去っていく後姿はもう振り返らない。
        悪気の無いからかいを防げず、駅へと向かう緑間の靴先にはとうとう粉雪が落ちてきた。



        乗り換えに最も都合のいい最寄駅の改札を抜ければ、街中の賑わう交差点。
        ビル風に舞う細雪に構わず帰宅を急ぐ人、折りたたみ傘を開く人、思惑様々に行き交う人々。
        緑間は雪に濡れた横断歩道を渡って、すぐの大型書店へ入った。
        寒さの和らぐ明るい店内には、帰宅時の会社員や学生の客が最も多い印象で。
        冬の受験シーズン真っ只中、参考書や赤本のコーナーを吟味している同じ制服の生徒を横目に、
        緑間は奥まった文庫本の棚へと一直線に向かう。

        平積みにされた新刊書籍の小さなポップの前に、制服姿の黒子の背中が見えた。
        同じ建物内にも関わらず気配を消してしまう相手のため、
        必ずここに居ろ、と指定しておいた口約束の場所を、黒子は律儀にも守り通している。

        本を手に取ろうとして、着けていた手袋をはずし鞄に入れようとした後姿の黒子の動作を
        背後から近寄りながら見ていた緑間は、隣に立ってその手袋を掴んだ。
        「・・・・・どうも。」
        素手でパラパラと目的の本の頁をめくり、裏表紙の粗筋をチラリと流し見て、平積みの列へ戻す。
        緑間に持たせたままの手袋を受け取り、再び装着しながら
        「いつも唐突ですよね。」
        と、黒子はようやく緑間を見上げた。
        「・・・・・・悪いか。」
        「悪くはないです。それにもう慣れました。」
        見つめていないと気付けないくらい、マフラーを巻いた口元でわずかに笑った風情の黒子は
        緑間の肩のラインに指先を伸ばし、手袋越しに濡れた制服の生地をそっと撫でた。
        「雪、降り出しましたか。」
        「わずらわしいだけなのだよ。」
        「そうですか?好都合だと思いますけど。」
        そう言い切った黒子に、感情の機微を不得手とする緑間は
        意味を捉えきれず眉をひそめる。

        「帰れない言い訳が出来ますから。」
        「・・・・・、そこまで積らん。」



        書店を出てから、路線を乗り換え帰宅する。
        混み合う電車内で読みかけの文庫本を片手に、壁にもたれ黙々と立ち読みしている黒子と、
        ガラス窓の近くで目を瞑り黙ったままの自分とでは、とても連合いのようには見られないだろう。
        制服が違う、星座が違う、互いが互いに興味がないかのように普段は眼差しの方向が違う。

        苛ついている己に気付いている。たやすく不機嫌になるスイッチが増えている。
        自分がどこか変わったなどとは到底思えない。
        こと黒子に関しては苛立つことばかりで、それは高尾の無粋な疑問のせいだけでは決して無い。
        先日受けたばかりの宣戦布告など、思い返すだけで忌々しかった。

        「俺がずっと目で追ってたのが、緑間っちの事を想ってる黒子っちだったなんて
         俺は絶対に認めたくないっスよ。」
        小さく歯噛みしてから、真っ直ぐに睨め付けてきた元チームメイトの視線は
        受けた緑間が目を見開くほど普段より格段に鋭く、
        それに対し、馬鹿馬鹿しい。と一蹴した声はいつもより低く、機嫌悪く響いた。

        天井の低い窮屈な電車内で緑間は一度だけ、読書中の黒子の横顔とマフラーの間から見え隠れする
        小さな耳朶を視界に入れ、存在を確認してから。
        終着駅に着くまでの間、しばらく顔を伏せたまま目を閉じていた。