皐月病(※青黒) 







        無理やり頭をもたげるように固定され、黒子の華奢な首筋には、柔く齧るように歯が立てられた。
        青峰の吐息で、湿った皮膚が擦れるくすぐったさの後。
        歯先は軽く食い込んで、制服シャツの内から晒された鎖骨に突き当たる。
        「・・・・・った、い。」
        「もうちょい股開け。」
        「い・・・・、や、です・・・」
        甘い痛みに喘ぐ黒子に対し、青峰は高圧的だった。
        言うことを聞かぬ黒子の顔面に強引に、青峰が広い額を突き合わせ、互いが互いを至近距離で睨みつける。
        黒子は額さら青峰を押し返そうとしたが青峰は構わず、獲物を逃がさぬ鋭い目線で黒子を正面に捉えた。
        「・・・もっかい。」
        「っ・・・、」
        口づけが近づく寸前、避けようとして唇を閉じた黒子のその表面にだけ、青峰の唇が触れる。
        「・・・・・・・・・もっと寄越せ。」
        欲張ったキスで意識をそらし、絡めた膝で下半身を押し上げてくる。
        引切り無しに何度も吸い付かれ、しびれる舌で黒子は答えた。
        「やめ、・・・て、ください。」
        「逆らうなよ。」
        「キミの方こそ、何様・・・ですか。」
        「後腐れのある奴、相手にするよりいいだろ。」
        「・・・むしろありまくり、です。」
        よく動く青峰の指先と腕力の強さで、乱暴に小突き回されるような扱いに腹を立てた黒子は
        肘を立て押し返し、精一杯の抵抗をする。
        拒絶を示す抵抗だったが青峰は軽々といなして、黒子の背中をさらに引き上げて抱き込んだ。
        「喜怒哀楽の薄い奴ほど、たまに笑うと際立つだろ。
         だから正直、お前が寄越したパスでシュート決めた時のお前の顔は気に入ってんだ。
         そんでもって今も、・・・・・がっつかせてんのはお前だぜ?」
        「知りません・・・僕は男です。どうか、してます。」
        「じゃあどうかしたんだろ。」
        後頭部にまわっていた指先は、サイドの髪束を梳いて、今度は黒子の耳殻を辿る。
        こそばゆい感触から反射的に肩を浮かせ身をよじれば、青峰は満足そうに少し笑った。
        「やっぱいい顔してんじゃん。」

        相手の胸の中で今度こそ完全に身動きの取れなくなった黒子の耳元に、青峰は囁く。
        「バスケで繋がってバスケで離れろってか・・・、勘弁しろよな。」
        その一言は、これまでとは違うひどく弱ったような声色だったので、
        身体の下に抑え込まれていた黒子は、殴りかかりたい衝動を鎮め仕方なく、穏やかに言葉を返した。
        「・・・・・僕のせいでキミに迷惑がかかるの、嫌なんです。」
        青峰は少し間を置いて呟く。
        「やっぱな。それが本音だろ、先刻のじゃなくて。」
        「いえ、半分くらい本当です。」
        「そうかよ。」
        「本音を少し織りまぜるのが、上手な嘘の吐き方ですから。」

        遠くから階段を下ってくる足音が聞こえて、青峰は黒子に対する拘束をそっと解いた。
        音のする方向を眺めれば、校舎内に残っていた生徒が駆け足に下校していく姿が
        遠い廊下の端に見えた。
        「・・・・・ところで、一発殴っていいですか。」
        言った傍から、黒子は青峰の腹部を強く打った。
        「イテーよ、馬鹿。」
        「これで、犬にでも噛まれたと思って忘れます。」
        鈍痛が響いているはずの青峰は、壁際に背を預けている黒子の前髪を
        空いた片手で掻きあげて覗き込むようにしてきた。
        「あーあ、元に戻っちまった。」
        「何を倒錯したのか知りませんけど、変に構わないで下さい。冗談じゃ済まされなくなる。」
        「・・・・・ハイハイ。」
        青峰はようやく黒子から離れ、廊下に捨て置かれたバッグを拾った。
        黒子も足元に落としていた自分の手荷物を拾い、軽く埃を払う。
        向き直った黒子に、青峰が改めて。
        「じゃあお前も、今みたいな悪ふざけが嫌なら、わざと離れてったりすんなよ。」
        「悪ふざけ、だったんですか。」
        「さあな。」
        青峰は背を向け、表情を見せずはぐらかす。
        「しかも脅しですか。」
        「脅さねぇと、またふざけた事考えるだろ。さっきも言ったが、逃げたら俺は追うぞ。」
        言葉とは反対にその場から逃げるようにして、青峰は一足先に昇降口へと向かって歩いていった。








        帰り道。コンビニで買ってきたソーダ色のアイスバーを半分に割って分ける。
        しっかり着込んでいる黒子とは違いYシャツ一枚の青峰だったが、見た目ほど寒がってもいない。
        健康的な肌色の通り、元々の平熱が高く寒さに強いため、冷ますぐらいでちょうど良かった。
        そのせいか、先ほどの遣り取りで重ねた黒子の体温は、青峰よりもずいぶん低く感じられた。

        2等分出来るよう棒が2本刺してあるアイスバーだったが、この時ばかりはうまく割れず、
        一方に大きく、一方に欠片を残して、不平等な形になってしまう。
        「お前こっちな。」
        「小さいですよ。」
        「いいだろ、俺の方が燃料いんだよ。」
        青峰は歪つに割れたアイスバーの、小さな方を黒子に持たせたが、
        「じゃあ、遠慮なく頂きます。」
        黒子は並んで歩く青峰の手元に唇を寄せ、大きくはみだした部分だけを巧いこと齧った。
        「・・・・・・オイ。」
        真横で見る淡白なしたり顔に、青峰はかなわない。
        崩れず、怯まない黒子には、どうしたってかなわない。
        他にはいない、絶対に敵わない相手が近くにいる。それは青峰にとっても同じだ。

        小柄な身体も、体力の無さも、レイアップすら不得手な技量も、部内の平均より下回るこの人物を。
        同じチーム内で自分ならカバー出来ると断言出来る。自信ならある。
        どこから飛んできているのか見逃しがちなあのパスを、もっと見せつけたいと思う。
        底力を全て引き出して、もっと認めさせたいと思う。迷惑であるはずがない。
        離れていきそうで思わず焦って抱きしめた時に、これは面倒な事になりそうだと悟った。
        唇を放した時、身体を手放した時にそれぞれ感じた名残惜しさは本当のところ、
        急いで下校する振りで無理やり打ち消すのがやっとだった。

        「やっぱどうにかなんねぇかな。」と、呻く青峰の真相。
        それはこの季節に芽吹く、流行り病に少し似ていた。








           桃井さんのように、黒子の事ばかり考えちゃう皐月病。青峰もかかりました。