十二月の姫君       
        (「姫君」の下書きだったものに加筆修正、内容が一部重複しています。)






        今朝、連絡がきていきなり住居を訪ねてきた黒子には驚いた。
        高校は違っても試合会場で顔を合わせることはあったが、部活を引退し卒業してからは少し疎遠になっていた。
        「大事なイブの日にすみません、予定があるかとは思ったんですが。」
        「寒かったっスよね、中入って。」
        「いえ、たいした用じゃありませんから。」
        「・・・俺が話したいんス、久しぶりだし。」
        黒子は大学の図書館へ通った帰り道に立ち寄ったらしい。
        白い息を吐いて玄関先に立っていたのをやや強引にリビングへ招き入れる。
        ソファに浅く腰掛けた黒子はマフラーを解き、まとめた手荷物を空いた隣席へ置いた。
        現れた素顔は頬の薄い少し大人っぽい顔つきになっている。
        マグカップを差出して用件を聞けば、黒子が黄瀬の元チームメイトだという情報を聞きつけた大学の同級生からの
        ファンレターを渡しにきたとの事だった。
        「・・・すぐにでも渡してほしいと言われたので。クリスマスプレゼントだそうです。」
        「それは、わざわざどうもっス。」
        小包をひとつ受け取る。それで終わりと思いきや、黒子はショルダーバッグの中から
        包装の違うものを2つ3つと取り出してきた。見ればどれも小洒落たメッセージカードが添えてある。
        リボンのかかった過剰包装の箱は黒子が届けに来るものにしては可愛らし過ぎる。
        淡々と手渡してくる黒子との似つかわしくないコラボが可笑しくて笑みを零す黄瀬を黒子は不思議そうに見ている。
        「・・・それと今、付き合ってる人いますか?」
        「え・・・、」
        「ぶしつけにスミマセン、聞いてきてほしいと頼まれてるんです。」
        黒子は黄瀬と目を合わせて言った。
        じろりと見つめてきた視線は悪気もなくただ自分は義務をこなしているだけ、という様子だ。
        回りくどい事を嫌う性分は相変わらずのようでひそかに安堵する。
        目の前の黒子は確かに、黄瀬のよく知る過去の黒子と繋がっているのだ。
        「・・・お仕事に影響が出そうなら、言えなくても構いませんよ。」
        断ることもできただろうが新しい環境でそれなりにうまくやっているのだろう。
        黄瀬の知らない付き合いがあるのだろう、胸は少しだけ痛んだ。
        「付き合ってる人はいないけど、ずっと好きな人ならいるっス。」
        「じゃあそのように伝えておきます。」
        「・・・誰かは聞かないんスか?」
        「ハイ、望みがあるかないか判断するのは彼女たちですから。」
        素っ気なく言い放つ黒子は、依頼主の女生徒たちに特別な感情を持っていないと分かる。
        昔から散々聞いてきた落ち着いた声色だった。
        バスケの事に関しては声を荒げたり、熱っぽい口調になる事がたびたびあったけれど、
        基本的には冷静で感情の出ていない喋り方をする。
        どんなささいな仕草でも黄瀬を惹きつける特別な存在なのは変わらなかった。

        用を済ませてから近況報告の雑談を終えた黒子は、そろそろおいとまします。と帰宅の挨拶をし、
        口をつけたマグカップをテーブルの上へ置いた。
        「このあと用事もありますよね、お時間とらせてスミマセンでした。」
        「イブだからってたいした用もないっスよ、黒子っちはこの後用事あるの?」
        何故か慌てて出ていこうとする黒子を呼びとどめる。
        「・・・ハイ。」
        「何、彼女でも出来た?」
        「付き合ってる人はいます、今から会う約束をしているので。」
        「は・・・?」
        「スミマセン、そろそろ時間なので帰ります。」
        冗談めいた黄瀬の質問を、黒子の方は平然と受け止めて返しただけだったのだが、
        思いも寄らない答えに黄瀬は即座に立ち上がった。
        扉口へと歩きかけていた黒子の背中を素早く捕まえ、強引に元の位置へ腰かけさせる。
        退路を断たれた黒子は掴まれた腕を振りほどこうとしたが、腕力は黄瀬が勝った。
        「何するんですか。」
        「・・・ねぇ。それマジで言ってんの。何で?」
        思わず出てしまった言葉は非難めいて聞こえた。ソファの足元に膝をついて黒子を正面から覗き込む。
        「・・・嘘っスよね、だって黒子っちが誰かと付き合ってるのなんて全然想像できないし。」
        少し語気を強めて断定的に言い放てば、これまで和やかだった空気が凍る。
        両腕を捕らえられたまま黄瀬の直視を受けた黒子は、戸惑いの表情を浮かべた。
        「・・・僕が誰と付き合おうが、僕の勝手じゃないですか。」
        「だって、黒子っちはそういう人じゃないっスよね。黒子っちは誰とも付き合っちゃダメでしょ。
         なのにどうしてそういう事するんスか。」
        黄瀬の知っている黒子像が崩れるのが嫌で、つい押し付けがましい言い方になってしまう。
        不愉快な衝撃だった。
        穢されないよう大事に守ってきた胸の内の領域に、消せない一点の染みが付いてしまったような苦々しい感覚。
        冷や汗が出るほど急激に気分を悪くした黄瀬は、得意の外面も作れず足元に跪いたまま黒子を見ている。
        見上げられた相手からすれば、表情のない黄瀬は睨んでいるようにも怒っているようにも見えるだろう。
        為す術のない黒子はソファに浅く腰掛けたまま、黄瀬の詰問に負けまいと言葉を続けた。
        「そういう人じゃないってどういうことですか。
         ファンの子たちの相手をよくしていたキミに言われる筋合ないと思います。」
        中学高校時代の黄瀬をよく知る黒子がその移り気な素行を良しとしているはずもない。
        「ねぇ。俺は相変わらず、黒子っちから目を離したことはなかったっスよ。
         好きだって言ってる。前も言ったことあるよね、意味分かる?」
        在学時と変わらぬ気軽さで告白する、本気で取り合われたことなど一度もない。
        同性だからこそ慎重になり過ぎたのだ。
        拒絶されるのが怖ろしくて、中身は有って無いような言葉で逃げ道を作っていたのは黄瀬だった。
        「・・・・・・、僕も特に嫌いではないですが。」
        冷静さを取り戻させようと、刺激しない言葉を選ぼうとしているらしい。その心遣いが逆に腹立たしい。
        「それ、フツーに友達としてっスよね。」
        黒子は自由の利かない身体を諦め黄瀬と目を合わせようとしなかった。
        「俺は黒子っちとフツーにセックスしたいと思ってるんだけど。そういう好きだって分かってる?」
        苦笑しながら意地悪く発した言葉に、黒子はため息をついて切り返す。
        「・・・不自由してないでしょう。気色悪いこと言わないでください。」
        戸惑うだろうなとは思っていたけれど怒られるとは予想だにしていない。
        「キミは、万が一にでも僕がOKするかもと思ったからそんな事を言うんですか。」
        不快を露わにして声を強張らせている。叶うはずのないその発想自体が失礼だろう、という言葉の裏を感じた。
        穢されないよう大事に守ってきた胸の内に生じた染みは、インクを一滴垂らしたようにゆっくりとした速度で、
        取り返しのつかない範囲を全て浸食していく。心無い現実に擦れて薄汚くなっていく。
        思いがけない反抗的な態度には野蛮なことがしたくなる。嗜虐心がうずいた。
        「黄瀬くんの気持ちに気付けなかったのは、もしかしたら僕の落ち度かもしれません。」
        「でもキミはいつだって上滑りの言葉だけでどこか冷めていて、伝えたい気持ちなんて少しも感じられなかった。」
        「それで僕が誰と付き合おうが文句を言う権利はないはず、」
        黒子が話す最中、腕を引き寄せて前のめりになった身体を支えて口づけた。
        「もうキスも誰かと済ませちゃったんスよね。・・・・・・俺は黒子っちの中では何人目?」
        「話聞いてましたか、馬鹿にするのもいい加減にしてください。・・・ていうか、頭の中で人を勝手に美化しないでください。」
        「だって黒子っちは絶対に誰とも付き合っちゃいけなかった。誰とも釣り合わなそうで、俺だって我慢してたのに。」
        「・・・さっきから一体何が言いたいんだ、」
        黒子の口調が苛立ちから乱暴になる。会話は全く噛み合わない。吐き気がする。
        無理強いをして受け入れてもらおうなんて決して思わなかったのに、
        自分以外の誰かがその身も心も独占しているのだと知れば気が狂いそうになる。
        盲目的に想えば想うほど、現実との差に黄瀬の苦しみは増していく。
        「どうして今更、告白なんかしたんですか。」
        こんな窮状での告白は最悪だと思うけれど、裏切ったのは黒子の方で
        自分は何も悪くないのだという気持ちが強かった。
        行き場を無くした想いは現実に触れてどす黒く変色していく。
        身体中塗り潰されていくような心境で、続く言葉を口には出せなかった。



        いつまでも忘れることがない肩越しの動揺を思い出すだけで、どんな成年指定より興奮させられた。
        帝光時代に、黄瀬が一つ年上の女生徒に誘われる形で初めてセックスに及んだ翌週の教室。
        交際していたわけではなかったけれど、寝ようと言われたからついていった。
        優越感を得た女子の口は軽い。クラス中にバレているのだろうがどうでもよかった。
        目立つほどに整った容姿のせいで嫉妬や羨望の対象になることには慣れている。
        好奇の視線がまとわりつく中、面白がっているクラスメイトからの直接的な質問を適当に想像を煽る言葉でかわして
        黄瀬はいつも通りの放課後を待っていた。授業より昼休みより何より、バスケ部で過ごす時間が楽しみだった。
        顔色を伺ってくるような相手のいない、対抗意識を刺激してくる相手ばかりの空間。
        レギュラー入りしてからも青峰には勝てたことがない。何度挑んでも敵わない、でもいつかは勝ちたい。
        闘志を燃やしている黄瀬に対して、紫原が時折り差し出してくる駄菓子には当たり外れがあったが
        「不味いからあげる」と言われたものほど口に合うのが不思議だ。
        気付けば傍らで同じように紫原から受け取った菓子を味見している黒子がいたりする。
        「これ、美味しいですよね。」と、無表情で頬張りながら同意を求めてくるのがどこか憎めない。
        そんな彼と隣合って他愛もない話をするのが好きだった。集団に埋没しやすい黒子の姿を探すのも得意になった。
        「僕を探させるならキミが一番だって、赤司くんが言ってました。」
        「そりゃ光栄っスね。」
        「鼻のよく利く犬は便利だと、たぶん一応褒めてるんじゃないですか。」
        「・・・・・・慰めてくれなくてもいいっスよ。」
        「でも実際スゴイと思います。どうしてかキミだけが、影の薄い僕を見つけるのが上手です。」
        「それだけ、黒子っちから目離さないようにしてるから。」
        当然のように口にする黄瀬を黒子は少し驚いた顔で仰ぎ見る。気ままにしゃべり過ぎた。
        「・・・、」
        「・・・集合、かかってるっスよ。」
        無言でじろりとこちらを見てきた黒子の視線を、黄瀬は耐えきることが出来ず断ち切った。

        なんとなく淡白なイメージのあった黒子は、世俗の空気とは離れたところの人種だと思っていた。
        誰かと交際している姿を具体的に想像できないのは失礼だろうか。
        他人の言葉に惑わされない、自分を崩すことなくマイペースで地に踵までしっかりつけて
        歩いているような印象をもっていた。だからまさか黒子が動揺しているなんて思わなかったのだ。
        放課後、体育館で黒子に呼びかけた時、いつもと違う反応だとすぐに分かった。
        叩いた肩は瞬時強張りを見せ、黒子は困惑した面持ちで振り返った。
        最初はいたずらに可愛いと思った、尾ひれのついた下世話な噂話なんかに動揺している黒子が。
        黄瀬が女生徒を抱いたからといって黒子には何も関係がないはずだ。
        けれど身近で部活でも良く知った人物が色めいた想像には繋がらなかったのだろう。
        その後普段通りに話せるようになってから、黒子を見ていると黄瀬はそわそわと落ち着かない気分になった。
        黒子が自分以外と親しげに喋っている姿を見れば不快な気持ちがする。どうにかして彼の注意を引きたくなる。
        いつもの取り澄ました横顔も素直に可愛いと思えた。
        この気持ちは何だろう、と想いを募らせるうちに二人の間の季節は流れた。

        あれから今でも、違う誰かと寝る時だって相手の肌の上から連想してしまう肩越しの動揺。
        排泄するのと変わらぬ気軽さで全然違う肌に触れながら、それがどんなに魅惑的な相手でも、
        どうして震えていたあの肌じゃないのだろうと残念で仕方がなくなる。
        明らかにうろたえていた黒子は卑しさの欠片もなく、黄瀬の理想だった。
        震えが伝わった手のひらでの自慰行為は何故か濃密なものになった。
        想像で手を濡らすたびに追い詰められて、絶対に穢してはいけない存在なのだと切なく想いを重ねる。
        彼の純粋な心の内には誰も踏み込ませたくないと思い、自分だけは誰よりも深く入り込みたいと思い、
        こんな不純な気持ちを誰にも知られてはいけないと思う。途方もない。
        本当はずっと好きだったなんてこの期に及んでどう伝えればいいのだろう。
        想いを募らせるほど不可侵になっていく、深窓の姫君のような存在に。



        黄瀬に押え付けられたまま沈黙する黒子の、隙だらけの腹部を一発殴った。
        「・・・・・・っ、」
        息を止めた黒子は、苦痛に顔を歪ませて身体を丸める。
        ソファに座ったまま腹部を両手で押さえてうずくまっている姿を見ていて、黄瀬は心穏やかだった。
        上半身を小刻みに震わせ、黒子は痛みを紛らわそうとしているのだろう。荒く息を吐きだしている。
        在学中もそうだった、基礎体力の無い頃はすぐに疲労困憊の表情で荒い息を吐いていた。
        しんどくて気絶しそうになっても粘り強く、最後まで食らいついてくる一面もあった。
        セックスの時にもきっとそういう姿を見せるのだろうな、と密かに想像していた。いかがわしい気分を増長させるのだ。
        汚れの無かった身体に触ったのは誰だ。何ひとつ染みの無かった背中を撫でたのは誰だ。
        「いきなり、・・・何す。」
        薄い胸を上下させて呼吸を整えている黒子に対して同性の友人が猥らな欲求を持っていたという事を
        分かれと言う方が無理だろう。上半身を力づくで引っ張りあげて、ソファの上に押さえつける。
        黄瀬は自分の下半身がもう限界まで硬く張り詰めていることに気付いていた。
        押し倒した黒子のズボンを下着ごと引きずり下ろそうとすれば、黒子は腰回りの布地を引っ張り抵抗する。
        黄瀬は両手でズボンを引き戻そうとしている黒子に構わず身体をより密着させ、無防備になっていた唇へ深く口づける。
        剥がされる衣服よりも先に黄瀬の胴を蹴り上げるべきだったのに、抵抗する所を間違えているだろう。
        駆け引きには慣れてはいないようだ。それが可愛いと思えるほど積年の想いは染みついている。
        不意をつかれ唇を奪われた黒子は首を振って逃げようとするが、舌を吸い出されてしまえば呼吸が危うい。
        息苦しさに服を引き戻す力が抜けてしまい、結局なし崩しで抵抗が弱まった。
        黄瀬は体格差につけこんで黒子の身体を屈服させていく。





        街角はイルミネーションであふれていた。
        歩道に並んでいる木立は輪郭を強調されて、花壇は下から当たるライトで幻想的な世界に彩られている。
        光の色が時間差で変わっていく、青から赤へ、そして白銀色へ。眩しすぎだと黄瀬は思う。
        そこかしこで流れるクリスマスソングは無邪気に陽気で、それから恋に破れる予兆を感じさせて切ない。
        行き交う人々の胸に、まるでドラマの主人公になったかのような高揚感を植え付けるのだろう。
        自宅から徒歩5分のコンビニにたどり着くと、夜も更けて客は少なかった。
        レジ周りから天井にかけて赤と緑を基調に飾りつけをされ、店内放送ではやはりクリスマスソングをBGMにして
        イベントの案内が流れる。
        購読している雑誌を手に取ってから、思い出したように傷薬と歯ブラシの近くにあった避妊具をカゴへ放り込む。
        自分に注視している女性二人組の露骨な視線には気づいていたが、急いでいたので知らぬ振りをした。
        近くの飲食店でテイクアウトの夕食を物色し、事務所が借り上げている一人暮らしのマンションへ戻る。
        静まり返った夜の廊下に騒音を立てないよう鍵を開けると、薄く開いたドアの隙間からかすかに話し声が聞こえた。
        「・・・先・・・・気、・・・いるので。」
        「・・・より・・・い風邪、で・・・、声・・・・らくて。」
        途切れがちに聞こえる声は、喉を傷めている。
        「・・・・・・・・、すみません・・・じゃあ。」
        「ハイ、・・・僕もです。」
        暗いままの寝室へ黄瀬が足音を立てて近寄れば会話は途切れた。
        明かりと点けると部屋を出る際には眠っていた黒子が、携帯電話を耳にあてている。
        うつ伏せた身体に被せた薄手の毛布に細い腰のラインが浮き出ている。起き上がることは出来ない。
        「電話、誰?」
        「・・・帰れないってハナシを、ウチに。」
        「大学入ってもいちいち連絡しなきゃいけないの?」
        「いつもは・・・大丈夫です、だけど今日はちょっと・・・。」
        責める口調で問えば、黒子は掠れた声で言葉尻を濁した。
        自宅から通える大学へ進学した事は知っていたが、そんなに口煩い家庭ではなかったはずだ。
        怪しく思った黄瀬が黒子の手から携帯を奪えば、発信履歴にはよく知った名前があった。
        着信履歴も同じ人物から断続的に数回。
        先刻、黄瀬が黒子を犯していた際に鳴り止まず漏れていたバイブ音はこれかと思い当る。
        「お腹すいただろうしスープなら飲める?・・・って、聞こうと思ったんだけど。」
        話しかけた相手は毛布にくるまって出て来られない。
        暖房の切れてしまった室内で着る物を与えていないうえ、自力では腰が立たないのだから当然だ。
        黄瀬は毛布をめくり露わになった黒子の背筋をそっと撫でた。外へ出した際に塗りたくった精液はもう乾いている。
        「黒子っちも結構したたかだったんスね。俺の知らない間に、俺がよく知ってる相手とだなんて。」
        「やめてください。」
        「しかも男、初めてじゃなかったんだ。」
        こちらへ振り向いた頬を一発、手加減無しに打った。
        誰かが先に入って踏み荒らしてしまったのならいっそ壊してしまって構わないだろうか。
        うつ伏せた身体に馬乗りになり起き上がれないようベッドに押さえつける。
        「いっ・・・!・・・・・・嫌、だ・・・っ!」
        「・・・・・・今電話してた相手に、またかけていい?俺も久しぶりに話したいし。」
        ぎょっとした黒子が手を伸ばすより先に、手首を捕まえ後ろ手に拘束する。
        疲労の残った身体はすぐに抵抗を弱くした。取り上げた携帯で発信履歴からリダイヤルすれば、相手側が応答する。
        聞き覚えのない恋人宛の穏やかな声色を聞いた黄瀬は気分が悪くなり、返事はせずに黒子の口元へと携帯を放り投げた。
        黒子が息を呑み硬直している間に、買ってきたばかりの避妊具の封を開ける音が空々しく響く。
        抵抗してくる気配はない。ゴム製品を手際良く着け、黒子の細い腰を片手で引き寄せそのまま挿入する。
        これでもう何度目か、そろそろ臀部の奥に咥え込んでいる黄瀬の形を身体が覚えた頃だろう。
        「・・・・・・、・・・・・・ぁ、・・・っ、」
        挿入はスムーズだった。黒子を受け身にしたセックスは想像していたよりも遥かに具合が良い。
        毛の薄い、汗はかいても決して濡れない平たい身体は嫌悪感を抱くより速く、黄瀬の理性を翻弄した。
        「・・・・・っ、・・・・・・・・、・・・、っ・・・・・、」
        黒子は声を押し殺してしまったので、外出前の名残りを湛えた粘着質な音しかしない。
        ろくに引く事もせず、奥深くを探るようにゆるく突きあげる動作では、おそらく電話口の相手には聞こえていないだろう。
        いつまでも応答のない不審電話に相手方が通話を終えると同時に、黒子は苦しそうに息を吐き出した。
        「痛っ・・・、いたい、やめ・・・・・くださ・・・。」
        「その声聞かせてあげれば良かったのに。」
        必死に絞り出している非難の声を聞いても、煽られるばかりだった。
        「声、聞かれたくなくて我慢してたの?」
        挿入部は粘膜を傷つけ擦り切れて血液が混じっている。幾度も注ぎ足された潤滑剤が内股を伝い落ちている。
        不潔な事態を間近で見てももう何の感慨もない。
        何故なら黒子も、黄瀬の想像に反しよく知る相手の手垢まみれだと分かったからだ。
        「でも声我慢するのって案外体力使うから辛いよね。ほら、もう楽にしていいっスよ。」
        「・・・・・っ、・・・・・・うぁ・・・っ、・・・、っ・・・・・、」
        「もう出ない?んなことないよね、だってまだガチガチっスよ。」
        嗚咽が漏れる。四つんばいのまま股を少し開かされて、黒子は前のめりに倒れ込んだ。
        黄瀬は背後から圧し掛かり黒子のペニスを指で輪を作るように包んで離さない。
        肘を立て二の腕だけで上体を浮かせる黒子は、黄瀬の身体と寝台の隙間に挟まれている。
        脇から差し込まれた手のひらに搾り出すような仕草での強い刺激を受け、黒子は手の甲に額を乗せたまま荒い息を吐いている。
        「・・・っ、・・・・・・、はぁ・・・・・・、は・・・・・・、・・・ぅ、」
        気力をすり減らした喘ぎを聞きながら、自身も余裕がなくなってきた黄瀬は中で熱く爆ぜようとしているものに意識を遣る。
        下にいる黒子は、苦し紛れに口元のシーツを噛み締めた。唇の端から垂らした涎がすぐさま布地を濡らして染みを作る。
        「そうだ・・・、声出せないならさ、あとでもう一度電話かけて
        黒子っちが俺のをしゃぶる音聞かせてあげるってのも面白いよね。」
        問いかけた先の黒子が肩から先をガタガタと痙攣させているのは苦痛からか、迫りくる快感からなのか定かでない。
        そんな奉仕をさせようとすれば、残る理性を振り絞った黒子に歯を立てられ食い千切られかねないが、
        徹底的にダメージを与えて身も心も陥落させてしまわなければ黄瀬はもう満足できない。
        「・・・ねぇ。いつからそんなに、はしたなく震えるようになったの?」
        顎を捕らえて顔を持ち上げれば、黒子は歪めた唇を濡らしひどく厭らしい表情をしている。
        主導権を握っているのはこちらなのに、思い出を蹂躙されてしまったようなおぞましい感覚が付いて離れない。
        手のひらで達した黒子の白濁を受け止め、締め付けられた自身は黒子の内部を深くえぐって吐き出す。
        忘れることができなかったものとは、全く違う種類の反応を見せている黒子の卑しい姿がひたすら悲しかった。


        黄瀬に長い事刻みつけられていた黒子の罪作りな動揺を、黒子自身は覚えていないだろう。
        けれどこれからは知っていて欲しい。二人は忘れられない記憶で今後ずっと繋がりあっていくのだということを。
        長年黄瀬を縛り付けていた余韻の残る強烈な記憶で、今度は黄瀬が黒子を長年縛り付けておくことにした。
        何度でも鮮明に夢の中ででも思い出せるよう、日常のあらゆることから連鎖して思い返せるよう、
        痛みと快感と恐怖と愉悦を、身体と脳内に同時に執拗に刷り込む。まだ終われない。
        これは記念すべき愛でたい行為なのだから、簡単に忘れ去られるような記憶では困るのだ。
        これから先誰と一緒に過ごしていようと、毎年冬の季節には黄瀬宅に引きずり込まれ食らい尽くされた
        今夜の事をきっと覚えていて欲しい。繰り返し思い出す度、頭を悩ませる悪夢にのた打ち回って欲しい。
        黒子から黄瀬に向けられる感情が憎しみや悲しみで醜く濁っていたとしても、甘んじて受け入れよう。
        他人を寄せ付けないほどに自分を恨み罵ってくれればいい。
        そうしていっそ自分以外に向けられる感情は全て麻痺してしまえばいい。と心の底から願っている。
        傷み壊れた黒子の心を誰よりも深く占拠できるなら、それは今の黄瀬にとって最高の褒美だ。


        日付の変わった深夜、征服感に満たされた黄瀬はこの日に最適な祝いの言葉を思い当る。
        意識を朦朧とさせ、もはや掠れた喘ぎ声しか出せない黒子の耳元で囁く。
        「メリークリスマス、黒子っち。」
        毎年この日が来るたびに思い出される、とびきりの合言葉を君に。







        
黒子っちの本当のお相手はご自由にどうぞ(木吉先輩or青峰を想定してました。)