溺愛パレット(赤黒>黒子総受)  ※女体化注意!







        黒子が自分の身体に異常を感じたのは、昼休み明けの体育の授業中。
        グラウンドで短距離走のタイム測定が行われる予定だったが、雨天のため急きょ体育館での球技に変更になった。
        運動着に着替えてストレッチの最中、下腹部にズキンとした痛みが走った。
        腹に手を当て様子をみたが、食あたりを起こしたような感覚ではない。
        最初は気のせいだと思っていた黒子だったが、時間が経つにつれ、腰回りに重しをのせたような鈍い不快感が出始めた。
        どうもおかしい、これは本格的に不味いかもしれない。と自分で判断した時には、視界が暗くなり動けなくなった。
        「テツ、どうした。」
        体育館の壁際までなんとかたどり着きうずくまった黒子に、気付いた青峰が近付いてくる。
        「……気持ち悪いです。」
        「顔色、真っ青じゃねーか。」
        「そう…、ですか。」
        あまり人から注目されることのない自分の挙動に、いち早く気付いてくれた青峰には救われた思いがした。
        が、すぐに床に片膝をつき、意識が遠のきそうになるのを辛うじて堪える。
        「吐きたいのか。」
        背を丸めたままで動けず、黒子は口元に手をあてていた。何かがでてきそうな気持ち悪さはある。
        今すぐ嘔吐しそうな調子ではないが、頭がぐるぐると回り、胸も苦しい。
        返事のできない黒子の背中を青峰は神妙な面持ちでごしごしとさすってくれていたが、具合の良くなる兆しはない。
        背をさする青峰が力を入れ過ぎたのか、黒子は足元のバランスを崩しよろめいた。
        床に倒れそうになった身体を、青峰がやや強引に抱き支える。
        「しっかりしろ、オイ!」
        青峰の行動に気付いた他の生徒たちが数人、何事かと駆けつけてくる。
        それから先、黒子の意識は途切れた。



        身体に被さっているものの重みが白い布団だと分かった時、保健室へ運び込まれたのだと理解した。
        静かな室内で寝台に寝かされている。人気のない保健室は、電灯も消され薄暗い。
        薬品のにおいが漂う中で、雨音だけがしとしとと響いている。
        利用者は寝かされていた黒子だけのようだったが、もう一台の寝台と隔ててカーテンを引かれていた。
        腹部の鈍痛が消えているのを確かめ、上半身を起こす。先刻と違い、視界はくっきりと見えていた。
        吐き気が治まったか確認するように、胸元に手をあてる。
        そこで初めて、黒子は身体の異変に気付く。自分の胸に、わずかなふくらみがあった。
        すぐさまうつむき、胸を手のひらでまさぐると、有るはずのないやわらかな肉がある。
        声も出せず驚愕した黒子は、体育着の襟元から素肌を覗き込んで、柄にもなく顔面を紅潮させた。
        いつもの自分の身体ではない。平たくない。明らかに男の胸ではない。
        倒れる際ひどく気分は悪かったが、自分は確かに男だったはずだ。この状況は一体何なのだろう。
        何故こんな事になっているのだろう。
        慌てて寝台から飛び起きた黒子は、近くの壁に設置されていた姿見で自らの全身を確認する。
        体育着のままなのは変わらない、けれど。
        まず最初に、身体が一回り小さくなっている印象を受けた。
        サイズのあった服を着ていたにも関わらず、丸首のシャツはやけに首回りが大きく開き、胴体の布地もだぼついている。
        ジャージの下の裾も長く、シューズのかかとを超えて床を擦っている。
        それから顔の輪郭や、半袖シャツから伸びた腕、手首、指の関節、視覚できる身体のパーツの全てが
        骨ばっておらず、適度な肉付きがある。顔の目鼻立ちは元の黒子のままだったが、どこか険の取れた柔らかさがあった。
        小さい頭部から手足にかけて、調和を取るように線の細いしなやかな造りで、少年と言うにはやわすぎる身体に思えた。
        一番衝撃的だったのは、やはり体育着に浮き出た左右の胸のふくらみで、
        サイズはさほど大きくもなかったが存在を否定できない。自分の身体で最も柔かく、女性を痛感させる部分だった。
        本来無いはずのものが現れ、有るはずのものが無い。途方に暮れてしまう。
        どういう仕掛けか分からないが、とにかく性別が変わってしまっていることをはっきりと把握できた。
        これからどうすべきかをまだ混乱している頭で考える。
        あまり休みたくもないが、部活には出られない。目立たぬように過ごせば、誰にも悟られず帰宅できるだろう。
        しかし家族にバレないよう過ごせるだろうか。家族だけでない、普段の黒子をよく知る人物では
        今の黒子の見た目に違和感を覚えずにはいられないはずだ。いつまでも隠し通せやしない。
        どうすれば元の男子の身体に戻れるのか。超常現象の解決策は、全く考え付かなかった。

        授業の終了時刻になったと同時に、保健室から足早に退室する。
        養護教諭には治ったという旨の走り書きを残しておいた。
        学年棟に戻った黒子は、廊下のロッカーからジャージの上着を取り出し羽織る。
        湿気の多い季節には暑苦しい格好だが、我慢するより他仕方がない。
        身体のラインがおかしいことを、どうにか誤魔化すには上から着込むしかなかった。
        大会を控えての大事な時期だったが、こんな状態では部活に出られない。それだけが悔やまれる。
        せめてキャプテンの赤司にだけは一言伝えておこうと、教室の前で姿を探した。
        授業中に倒れて体調が良くないことはあとで青峰が証明してくれるだろう。
        「すみません、今日の部活、お休みもらってもいいですか。」
        移動教室から戻ってきたばかりの赤司に会って言葉を発した途端、
        普段よりも声が高くなってしまっていることに初めて気付いた。
        一瞬息を呑んだが、赤司の前で自分の声の不調を確かめることもできず平静に努める。
        赤司はいつも通り、黒子の胸の内を根こそぎ暴いてしまいそうな鋭い視線を向けてから
        「……僕も話したいことがあるんだ。ちょっと付いてきて。」
        黒子を部室まで連れ出し、まるで全てを見通していたかのような物言いで、その身体を触診した。





        「一体なぜこんな事に、…どうすれば元に戻せるんですか。」
        黒子は脱ぎ捨てられたジャージの上着を拾い、着衣を整えて尋ねる。
        胸元に手が当たるたび、ふくらみがあるのがどうにも恥ずかしく落ち着かない。
        信じられないことが自分の身に起こっているのに、目の前の赤司がそれを当たり前の流れとして
        理解し、受け入れているのがよく分からない。
        「テツヤは何も気にすることはない、これは僕が挑まれた勝負だ。」
        そこらの女生徒と変わらない身の丈になってしまった黒子に対して、赤司は詳しい説明をしなかった。
        黒子にも事情を知る権利はあるのだが、しつこく問い詰めて機嫌を損ねるのだけは避けたかった。
        癖者だらけのバスケ部レギュラー陣をまとめ上げる、主将の赤司こそが一番強かな奇才である。
        目的のために手段を選ばず、時に一方的で非情な采配を下すことも少なくない。
        逆らってはいけない相手であるのは、今までの経験から十分承知だ。
        赤司が絡んでいるのは間違いなさそうで、解決策を知っているのもおそらく赤司だろう。
        何を考えているのかさっぱり分からないが、黒子が相談のできる相手のなかで最も頭が切れるのは確かだ。
        
        黒子の身体を離してからネクタイの結び目を正した赤司は、何事か思案するように両腕を組み
        窓の外を眺めている。身体の変化を直に確かめた後はもう、黒子本人には興味がないような態度だった。
        一回り身体が縮んでしまった黒子にとって、赤司との身長差は広がっている。
        そのせいか、利口そうに冴えた横顔はいつもより頼もしく見えた。
        「…涼太あたりが一気に騒がしくなるだろうね、あれはお前の熱心な信奉者だから。」
        「騒がしいだけなら別に構いません、黄瀬くんも色々と忙しそうですし。」
        「どうだろう。いっそ、誰にもバラさない方がいい。…ああ、でも敦には協力してもらおうかな。」
        「それで僕は、どうすればいいですか。」
        「せいぜいその身体で、今考えうる限りの遊びをして過ごせばいいよ。偽物なりによく出来ていると思うから。」
        「そんな悠長なこと言ってられません。一刻も早く、男に戻りたいんです。」
        赤司は黙して語らない。その代わりに制服の胸元から、小さな赤いカードを取り出して黒子に手渡した。
        黒子の手に渡った途端、赤いカードは色彩を失い真っ白になった。
        「…変わったカードですね。何ですかこれ。」
        「テツヤにはこれが何色に見える。」
        「赤から白に変わりました、よね。」
        「……そうだね。驚いた、てっきり黒だと思っていたのに。」
        赤司は小さな紙切れと黒子の顔を交互に見比べた。
        「あ、でも真ん中が赤い丸になりました。」
        黒子が掴んでいるカードはいつの間にか、日の丸の国旗のように中央が赤く染まっていた。
        赤司がその手からカードを取り戻せば、再び一瞬にして全体が赤色に変化する。
        目を見開き薄く笑うのは、上機嫌の時に見せる表情だ。

        「…なるほど、今日は僕も忙しくなりそうだ。」
        赤司は携帯電話を取り出し、素早い操作で紫原を呼びだした。