溺愛パレット(赤黒>黒子総受)  ※女体化注意!







        赤司に呼び出された紫原は、部室のドアを開けるなり気だるそうに呟いた。
        「授業中に出てくんのは、けっこう大変だよねぇ。別にいいけどさー。」
        「呼び出してすまない。僕だけじゃ手に余る事態かと思ったんだ。」
        「嘘だぁ、そんなのありえないっしょ。」
        赤司は脇のロッカーからスナック菓子の大袋を取り出し、出入り口の門番のように突っ立ったままの紫原へ放った。
        すかさず片手で受け取り包装紙をちらりと確認した紫原は、取引の品に納得したのか、二人の元へ歩み寄ってくる。
        「…で、この人誰?こんなとこで二人きりで何してたわけ?」
        さっそく菓子をほおばる紫原の視線は、赤司の背後に立っているジャージ姿の黒子を捉えた。
        どうやら女生徒の正体には気づいていないらしい。
        二メートルの長身から見下ろされるのに、黒子は更に身の縮まる思いがした。
        「何してたって、…ねぇ?」
        紫原の反応を見た赤司は、黒子を振り返って意味深に笑う。
        「アレ、否定しないわけ。彼女つくったんだ、へぇー。」
        「何もしてませんし彼女でもありません。赤司くんもちゃんと言ってください。」
        「……へぇー。」
        紫原は明け透けな視線で、本当に一回り小さくなってしまっている黒子の頭からつま先までを興味深そうに観察している。
        そうして黒子は初めて今の状態が、女生徒の身体に自分の頭をすげ替えただけの気味の悪いマネキン…では
        済まされないことを思い知る。第三者の目から違和感を感じないほどに、顔面と身体が自然にマッチしているらしい。
        中身は男のつもりであっても、身体は少女のそれである。男の黒子テツヤではなく、黒子テツヤが女だった場合の身体の状態。
        それが自分ではよく分からないのだから、居たたまれない。
        「……紫原くん、」
        誤解されたままでは居心地が悪く、黒子は語気を強め反論の声を上げる。
        が、少し上擦った透き通る声色が、中身を想像させにくくしている。
        「ちょっと変わった遊びをしていてね、彼女は今魔法をかけられているんだ。」
        赤司の声がそれに被さり答える。
        「女の子扱いするの、やめてくれませんか。」
        「でも敦は間違えてるだろう?いい加減諦めたら。」
        「嫌です、僕は男です。」
        苛立ちを含んだ目線で赤司を睨み付けた黒子を、赤司はやはり笑って見ている。
        「そんな姿で強がりを言われれば、涼太みたいに倒錯してしまいたくなる気持ちも…少しは分かるかな。」
        紫原は菓子の味見をしながら、二人のやり取りを黙って眺めていた。
        「ねぇ敦、ショートカットでボーイッシュなこの子をどう見たって女の子に見えるように変装させてほしいんだ。」
        「……言ってる意味分かんないんだけど。」
        「誰かに似てると思わない?」
        「うん、実はさっきから思ってたんだよね…、あえて言うなら喋り方と雰囲気が、黒ちんに似てる。」
        「……黒子は僕です、今は妙なことになってますけど。」
        「だから言ってる意味わかんないし。」

        それから黒子は自ら正体を明かして、不思議な現象に見舞われたさきほどまでの出来事を紫原相手に語った。
        その間、赤司は一切口を挟まずに腕を組んで押し黙っている。
        部室内のロッカーを背もたれにして、依然、雨の降り続く窓の景色を眺めているだけだ。
        紫原に自分の身体の変化を伝えようとしたところで、黒子はどうにも恥ずかしくなり、ところどころ言葉を濁してしまう。
        赤司に伝える時にも味わった不快感をなぜ再び味わわなければならないのか、悔しくて仕方がない。
        傍らで見物していた赤司からは、容赦ない言葉が飛んできた。
        「そんなに話しにくいなら運動着の中身、見せてあげなよ。」
        「……嫌です。」
        「女扱いは嫌、でも身体を見せるのは嫌。
         テツヤが男だっていうことを、自分では証明できないことになるけどいいの?」
        黒子の身体の変化を直に確かめた赤司だけが一番よく知っているはずなのに、何も助けてはくれない。
        こうなってしまった原因でさえ、黒子の知らないことを掴んでいるはずなのに、肝心なところを赤司は何も教えてくれない。
        「ちょっとちょっと、女の子いじめるのはよくないっしょ。
         いいよ、この子が黒ちんだってのはちゃんと信じるしー。確かに似てるもん。」
        「赤司くんがきちんと証言してくれれば、それで済むはずなんですが。」
        「…そうだね、こんなスレンダーな少女の成りでも間違いなくテツヤだよ。とっても可憐な姿をしているのに、
         本人がこの通り嫌がるものだから、少し苛めたくなるくらいな…。ね、これでいいだろう。」
        ひどく芝居がかった口調での証言をもらう。
        ジャージに隠された発育途上の身体のラインを暗にほのめかされたようで、辱めを受けているかのような気分になる。
        「んー…、おーけー分かった。何となくだけど。」
        紫原は驚きはしたものの、黒子と赤司の証言を受け止め、事実として認めた様子である。
        黒子の感覚としては、見知らぬ少女の華奢な身体に意識が入り込んでいる感じの違和感がある。
        自分で自分の身体が許せない。
        けれど赤司も紫原も、今の姿に黒子の面影をしっかりと捉えている。
        黒子自身が認めていない、女生徒の姿をした黒子を二人とも認めつつある。
        黒子は自らの感覚と、周りの認識の差に困惑するばかりだった。



        三階建ての部室棟の吹き抜けになった階段下に足を踏み入れると、演劇部の衣装部屋があった。
        入口から縦に長い部屋の壁一つ一つに、鮮やかな色合いの衣服や靴、付け毛やコサージュなどが
        所せましと陳列されており、大小の棚はどこもすでに容量オーバー気味である。余分なスペースは見当たらない。
        紫原のクラスメイトである演劇部員に聞いたところによれば、演目を重ねるたび歴代の先輩方が
        持ち込んだ私物を置いていった結果だと言う。
        衣装ケースや段ボールの他に、練習部屋に入りきらない平台や箱足もいくつか積み上げられている。
        きらびやかな意匠を凝らしたドレスや、スーツやハット、冗談交じりのコスプレ用品までを見せられて、
        この中から一体どんな物語が生まれてきたのか、本の中の世界を好む黒子にはとても興味深かった。
        手芸部に協力してもらいその都度寸法を合わせながら大事に使っている、と誇らしげに説明を受ける。
        全国大会の常連のような大きな規模の部ではなかったが、よほど熱心な上級生たちが在籍していたのだろう。
        目の前に見える範囲で、どの備品も過度な埃をかぶっておらず適度に手入れをされていた。
        「ねぇ黒ちん…物珍しいのは分かるけど、なるべく早くしてくんない?ここ、狭すぎ。」
        階段下の倉庫は天井が低い。
        紫原は扉付近で手を付き、頭部をぶつけないように屈んでいるが、それ以上奥へ進んでこようとしない。
        「でも物が多いし、全体的に派手なので…どれを選んでいいのか分かりませんよ。」
        「お願いついでに適当に見繕ってよ。赤ちん好みの女の子にしてくれれば、たぶん文句言われないからさぁ。」
        紫原の無茶振りを受けた件の演劇部員は、事情も知らぬまま、目の前の女生徒に似合いの備品を懸命に探し始めた。

        黒子の正体がばれて混乱することを避けたい、と言った赤司に、
        今日一日、誰から見ても疑われない女生徒に化けるよう言い渡された。
        見つからないようどこかへ隠れているから、と断ろうとした黒子の両肩を、思い切り強く掴んだ赤司は、
        黒子が痛がっているのも気にせずに上半身ごと紫原へと押し付けた。
        「テツヤ、僕の言う事を聞くんだ。嫌だ嫌だはもう通用しない。
         ……演劇部から、芝居の小道具でも借りてくればいい。髪型が違えば印象が違う、十分ごまかせるだろう。」
        「騒ぎにならないよう、大人しくしてるだけじゃ駄目なんですか。」
        「駄目だ。」
        「一応、変装しとけばぁ〜?……怒らせると怖いよ。」
        赤司の本気を感じ取った紫原の変り身は早く、すっかり同調している。
        「けれど、いきなり行って借りられるものでしょうか。」
        「だから敦を呼んだんだよ、演劇部に親しい知り合いがいる。……大丈夫だよね?」
        「うん、ちゃんと許可もらえば貸してくれると思う。学園祭で舞台終えたばっかだし。」
        終業後、紫原に連れてこられた演劇部員は人の良さそうな笑みを浮かべており、小道具の貸出しを快諾してくれた。

        なるべく地味で自然な髪型がいい、と黒子が付け加えた要望通りにいくつか選んでもらい、
        肩につくかつかないかの長さで揃えられた女性用のフルウィッグを試着する。
        「アララ、…予想に反しけっこう似合ってたりして。マジで赤ちん好みかも?」
        毛先の細いストレートヘアに、部屋の入り口で首を傾けている紫原から賞賛の声があがる。
        「そんな事言われても、ちっとも嬉しくありません。」
        心と身体がマッチしない今の黒子にとって、女装など苦痛でしかない。
        しかしあてがわれた髪型は小作りな黒子の頭部にはちょうど良い大きさだ。
        近くの姿見で確認すれば、前髪をおろし眉が隠れただけでもガラリと印象が変わっている。
        まじまじと顔を直視しなければ一目で黒子だとは分からないだろう。平均より少し背の高い、細身の女生徒にしか見えない。
        「あのさぁ、せっかく女の子に化けてんのに。自分の名前入りのジャージってどうなの?意味なくない?」
        「……そう言えばそうですね。」
        学校指定のジャージの上着には、袖の片側に苗字のプリントが施されている。
        身体が縮んでいるせいで布地が余りぶかぶかしているが、誰のジャージかは一目瞭然だろう。
        「じゃあ、名前の部分だけ隠します。」
        部屋の最奥で衣装ケースを整理している部員に声をかけ、ジャージと同じ色合いのバンダナを借り、袖に結ぶ。
        包帯法にもならない奇妙な処置だったが、注意して見るものはいないだろう。
        運動部の活動時間帯、ジャージ姿の生徒たちが増えればなおさらだ。
        結った後で位置がずれないようピンも借り、固定しているところへ紫原が近づいてきていた。
        「てゆーか、いっこ聞きたいんだけどさぁ。」
        「何ですか、」
        「何でそんなに身体隠したいの?せっかくなんだから女の子らしく可愛くしてればいいじゃん。
         そっちのが楽しいし、オモシロそうだしー。」
        「馬鹿を言わないでください、…ちっとも楽しくなんかないのに。」
        「もしかして俺が来る前に、赤ちんになんかされた?」
        「いえ。」
        紫原は遥か高みから、ジャージに隠された黒子の首筋に指を入れて覗き込んできた。
        一番上まで上げていたファスナーを少し開けられ、鎖骨付近の白い肌をさらりと撫ぜられる。
        「ふぅーん、じゃあこのキスマークはなに?」
        「……そんなとこにありませんよ。」
        鎌をかけた紫原の指を払いのけ、留め具を定位置に戻すと、黒子はそそくさと出入り口の扉へ向かった。
        後ろから追いかけてくる紫原がおどけた声をあげる。
        「あれ〜、てことは他の場所にはあるんだぁー。」
        「答えなくては、いけませんか。」
        「怒った?ごめんごめ〜んってば。まぁでも、あんまし二人きりにならない方がいいと思うよ。」
        「ご忠告どうも。」
        「開けてみて思ったけど。今の黒ちんてば目の毒だよね、ほんと。」

        部員に礼を言い衣装部屋をあとにしてから、さて紫原は部活へ向かわなければならない。
        練習嫌いなのは周知の事実だが、今日の部活には参加するよう赤司に言われているからだ。
        「あ〜ヤダヤダ。もうサボろっかな。」
        「……あとで怒られますよ。それに赤司くんこそ、何処に行ったんでしょうか。」
        「さぁー、黒ちん押し付けて独りで歩いてっちゃったね。」
        「僕は部活出れないんで、図書室にでも身をひそめてますから。」
        「えぇ〜、じゃあ俺もついてく。」
        「だから、赤司くんに怒られますよ。」
        「……出るよー、出ればいいんでしょお、もー。」
        紫原は赤司の言う事しか聞かない、赤司との間には火種になるようなことが一切ないよう行動する。
        いつの頃からかは知らない、黒子がバスケ部で一軍にあがった時にはすでにそうなっていた。
        黒子の視界の端では、ウィッグの細い毛先が揺れている。
        輪郭を隠すほどの長い髪を初めて体感し、それだけで精神的には守りの姿勢に入ってしまったような感覚がある。
        わずかだが胸の膨らみはある、男性器はない。身長は十センチ近く縮んで、普段見慣れているものの位置が全て高い。
        声を発すれば、女子がわざと演じているような控えめな少年の声が出る。
        こんな身体の状態で、自分が男であると訴え続けるのは無理がある。けれど女になったと認めるのは死んでも嫌だ。
        今の自分はどちらでもない存在のような気がする。境目がはっきりしないまま、黒子は独りで抗い続けるしかない。

        「……紫原、」
        廊下を歩く高低差のある二人に、背後から声がかかる。
        呼び止められた紫原と共に振り返れば、緑間だった。