溺愛パレット(赤黒>黒子総受)  ※女体化注意!







        体育館へ戻った青峰と別れ、教室を後にした黒子は校舎の方々を渡り歩いていた。
        生徒の声が聞こえてくる教室をいくつか覗いてみたものの、さて緑間の姿は見当たらない。

        専門委員会の活動は、生徒会室や図書室などの決まった部屋がない場合には適当な空き教室を割り振られ
        打ち合わせや作業が行われているはずだが、緑間がどの委員会に所属しているのかは聞いた覚えがなかった。
        気が付けば一階で、体育館と繋がっている連絡通路まで来てしまい、外の雨音に混じって聞こえる運動部の掛け声に
        耳をすませてしまう。もしかして緑間はすでに部活に出ているのだろうか、青峰に確認してもらえばよかった。
        体育館を覗きに行ってこの姿を部員に晒すのはよくないだろう、周りを混乱させないよう赤司に指示された女装なのだし、
        普段の自分をよく知る人物に会って怪しまれる事はなるべく避けたい。右往左往していても考えはまとまらない。
        己の計画性の無さを反省しているところへ、体育館側から洗濯カゴを抱えてやってくる女生徒は
        バスケ部マネージャーの桃井だ。他の部員やマネージャーの姿は見えず一人である。
        「……あ、ごめんねー。こっち荷物多いから、そこ通してくれる?」
        校舎への出入り口を塞ぐように立ち止まっていた黒子に、ひと声掛けて歩いてくる。
        普段ならば黒子の影の薄さを物ともせず積極的に近づいてきて話しかけてくれる貴重な人物で、
        さすがに今は見知らぬ生徒に対する態度だが、明るく親しみやすい声色の彼女には何の気取りもない。
        「すみません、どうぞ。」
        扉ですれ違いざまに見えたカゴの中には、使用済みのタオルや色とりどりのビブスの山が見えた。
        部員数が多く練習内容も厳しい部活となれば、洗濯には向かない天候でもランドリーへ持っていき
        いつでも使えるよう手入れしておかなければならない。
        手際良くテーピングを巻いたりスコアブックを整理したり、バスケ部を裏方で支えるマネージャーたちの働きぶりは見事だ。
        出入り口から避けた黒子の、目の前を横切っていく桃井の綺麗なうなじにポニーテールが揺れる。
        熱心に働く彼女は、一生懸命で愛らしい。
        嫌な顔せずバスケ部を想って尽くしている彼女の姿に憧れている部員もいるし、幼馴染である青峰との気兼ねない仲を
        心底羨んでいる部員は密かに多い。本物の女の子とはこういうものだろう、偽物の自分とは天と地の差だ。
        黒子はすんなりと納得してしまった。

        通行の邪魔をしたことをそっと侘び、桃井とは反対方向へ踵を返せば、急にぐいと腕が引っ張られた。
        振り返ると先の廊下へ行ったはずの桃井がいつの間にかカゴを下ろし、こちらのジャージの腕を掴んでいる。
        「え、……テツくん?」
        黒子の頭部とほぼ同じ高さに、袖にプリントされている苗字を凝視している桃井の顔がある。
        桃井が大きくなったのではなく黒子が縮んだせいで、身長差はほとんど無いのだ。
        真剣な面持ちで観察されるとどうにも落ち着かない。まさかこんな一瞬で正体を見透かされたとは思いたくない。
        「いきなりゴメンね。でもどうしてあなた、テツくんのジャージ着てるの?」
        持ち前の情報収集能力を侮ってはいけなかった。
        目敏い桃井は、あまり見慣れない生徒である黒子の名前をすれ違った際に確認していたらしい。
        名前を隠した際のピン留めは緑間に渡してしまった、黄瀬に触れられた時にずれたバンダナは肘まで落ちてしまっている。
        黒子の苗字は確か三学年でも一人だけで、不思議に思って当然だろう。
        「……これはその、黒子くん……から、直接お借りしたものなんですけど。」
        咄嗟に良い返事が浮かばず苦しい言い訳をしてしまう。
        サイズが合わない男子のジャージを女子が借りる、恋模様の一コマでないのなら不自然だ。
        「ええ!あなた、テツくんにジャージ貸してもらえる仲なの?うそっ、私知らないよ!?どこのクラス?」
        「いえ、その。ちょっとしたアクシデントで。着替えがなかったので貸してもらっただけなんです。」
        他人のふりで、自分の行動をうそぶくのは気恥ずかしい。
        「でも普通は女の子は女の子に借りない?……何か怪しいなぁ。」
        何事も見極めようとする桃井が鋭い目つきになる。
        バスケ部のブレーンである彼女が頭で情報を整理し始めたなら、それこそ正体を暴かれかねない。
        「……もしご入り用なら、今度本人から借りてください。伝えとくんで。」
        「いい!言わなくていい!テツくんに変に思われちゃうのは困るの!」
        「そうですか?」
        「そうだよ、……でもいいなぁ。」
        二の腕の拘束は解けたが、桃井はまだ黒子のジャージの布地を引っ張っている。
        付け入る隙だらけの言い訳を崩される前に、話題を変えた。
        「ところで青峰くんは、部活に戻りましたか?」
        「うん?さっき戻ってきたけど、よく知ってるね。……まさか本当は青峰くんのファンだったり?」
        「ファンと言うには語弊がありますが、凄いとは思ってます。」
        「バスケしてるとこはいつ見ても凄いよね、一年からスタメンだし。でも今日なんてコーチが呼んでるのに、
         なかなか部活に顔出さなくて。やっと戻ってきたら『味見のつもりが、欲張って食い過ぎたな。』とか
         訳分かんない事言ってて本当困っちゃう。私が怒っても全然言う事きかないし。」
        「…………。」
        「だからね、青峰くんからバスケとったら何にも残らないんだから。騙されちゃダメだからね!」
        「はぁ。あの、お仕事はいいんですか?」
        「あ、忘れてた!」
        力説していた桃井はようやく洗濯カゴの用事を思い出して、荷物を抱え直した。
        慌てて駆け出して行こうとするのを、黒子の方も寸前で呼び止める。
        「スミマセン、ちなみに緑間くんがどこの委員会に出てるか知りませんか?」
        「ミドリン?ミドリンなら今日は執行だと思うよ、生徒会の役員と専門委員長が集まってるところ。
         今度の生徒総会の打ち合わせしてるみたいだから、職員室の隣の部屋じゃないかな。」
        「ありがとうございます、助かりました。」
        「皆の情報は把握してて当然だもん。じゃあね。」



        ランドリーへ向かった桃井と離れて再び階段を上がると、職員室近くで教師となにやら話しているのが緑間だった。
        居場所さえ分かれば、拍子抜けするほどたやすく見つかってしまう。執行の集まりは終わったのだろうか。
        廊下のボードに掲げられている行事日程の前で、緑間が何かを言い、書類を見た教師が言葉を返す。
        黒子は階段近くで、そのやり取りが終わるのを見届けた。
        「緑間くん、今いいですか。」
        教師が離れたのを機に声をかければ、黒子を一瞥した緑間は何故かひどく不機嫌な様子をみせた。
        「……どうしてこんな所にいるのだよ。」
        「執行委員会、終わりましたか。」
        「話し合いは終わったが、俺の仕事は片付いていない。むしろ問題が山積みだ。」
        「緑間くんに、相談にのってほしい話があるんですが。」
        「今は手が離せないのだよ。」
        「じゃあ僕も手伝います。仕事を進めながら……なら、いいですよね。」
        「俺を頼りにしても解決はしないだろう。」
        「緑間くんしか頼れる人がいないんです。」
        逃げ場を与えない台詞に緑間は黙った。少しズルい言い方かとも思ったが、黒子にも余裕はない。
        元に戻れる保証がないまま気持ちばかり焦ってしまう。
        危機感をあらわに真剣な顔で見上げる黒子の様子に、緑間は咳払いをし視線をそらした。
        「お前もそんな成りなら、もっと慎重に行動すべきだったのだよ。」
        そう言ってすぐ隣の教室へ入り、備品のパソコンとファイル、プリントの束を持って出てきた。
        評議を終えたばかりの室内はまだざわついていて、まだ残っている執行委員たちが取り決めの細かな確認をしている。
        黒子は関わった事のないコミュニティだが、責任感の強そうな生徒が多い印象だ。

        教室を出てきた緑間の後ろを付いて歩く。長さの違う足で自分のペースで歩いていってしまうのを競歩のように追いかける。
        改めて感じるが女子と男子のコンパスの差は大きい。相手がバスケ部員ならなおさらだ。
        先程まで一緒にいた紫原や、黒子の手を引いた赤司は、どうやらこちらの歩調を考えて同行してくれていたらしい。
        「……お前のことは赤司からの連絡でだいたい把握している。おそらくこっちに来るはずだと言っていた。」
        「あの人は何でもお見通しなんですね、僕の知らないうちにどうも根回しされてるみたいで。」
        誰よりも頭の切れる赤司は味方にはなってくれない。この状況を楽しんでいるようにも思える。
        赤司の非協力的な態度もあんまりだと思うが、彼が隠している意図を全く読み取れない自分も情けない。
        「さっきはよくも赤司の彼女などと騙ってくれたな。」
        「あれは紫原くんが勝手に言ってたことですから、でもこの姿で困惑するなって方が無理だと思います。スミマセン。」
        「……別にお前の姿に困惑したわけじゃない。」
        振り返った緑間は、早足になっている黒子に気付き少しだけ歩調をゆるめた。
        しばらく歩いたのち、理科室の鍵を開けて中へ入る。暗幕が下り、真っ暗な室内に電灯を付けた。外の景色は見えない。
        水道から遠い区画の作業台に相席するよう促され、席に付くと黒子の前には数種類のプリントの束が二列に並べられた。
        「このプリントをページ順にまとめて綴じたものを、30部作ってほしい。終わったら領収書の整理だ。」
        白い上質紙で印刷されたプリントには、先日行われた学園祭における反省、改善点や収支報告などが細かく記載されている。
        緑間はすでに立ち上がっていたパソコンの画面と手元のファイルを、素早く見比べながら資料を作成しはじめた。
        「関数が違う、数値も違う……丸投げも同然か。」
        苛立ちながら作業を進める緑間へ、黒子は控えめに声をかけた。
        「あの、この紙の内容、部外者の僕が目にしていいものですか?」
        「構わん、どうせ生徒総会で役員が使うものだ。誰かに見咎められたとしても、お前のその姿は今日一日だけのものだろう。」
        「それはどうなるか、……分かりませんけど。」
        「そもそも馬鹿げている。願いを口にしただけで、人の性別が変えられるなど信じられるはずがない。
         一体どういうトリックを使ったんだ。意味が分からん。」
        パソコンの画面から目は逸らさないまま、緑間は黒子の話を聞いてくれるらしい。
        「……今の赤司くんが見える世界はモノクロで、色はまったく区別できないそうです。原因は分かりませんけど。」
        「虹を見つけるまで他の色は一切見えないよう、視覚を奪われたと言っていた。」
        「虹……って何の話ですか?」
        「奇術研究会の部長の仕掛けたマジックに、付き合わされていると聞いたが。」
        「そんな話は知りませんでした。……赤司くんが教えてくれなかったことを教えてください。」
        「俺も電話口で全ては聞いていないのだよ。今日の日没までには、決着をつけるとだけ聞いた。」
        「僕の知らないところでずいぶん話が進んでますね。」
        「赤司にかかれば、こんなフザけた状況に関わる連中は皆手駒にされるのがオチだろう。
         どこまで分かってやっているのか、手練手管を眺める分には面白いがな。」
        緑間は時折り片肘を立てて考え込みながらキーを打ち続けている。
        机上のプリントを束ねて綴るだけの黒子とは違い、頭を使う作業らしい。それでも相談に乗ってくれているのを有難く思う。
        「赤司くんは色が変わる不思議なカードを持っていました。それを見て何か考えついたみたいです。」
        「あれは触れた人間にそれぞれ反応して色を変えるそうだ。試して判明したと言っていたが、さらに訳が分からん。」
        「そう言えば赤司くんは赤でしたね。」
        「青峰は青だったと言っていた、だいたい想像通りなのだよ。しかしお前は違っただろう。」
        「僕のは真っ白に、何色かいろんな色が並んでいるように見えました。」
        「おそらく元の黒が反転したんだ、何色にも染まる白に決まっている。」
        「……理解が追いつきません、難しいです。」
        「赤司は、お前が色を溜めこんでいると言ったな。人がまるで絵具のように思えるこの状況で。
         お前は性別が変わったイレギュラー、黒から白に変わっている。しかし俺が立てた推測ではお前はただの白じゃない。
         と言うよりおそらく色絵具を置いておくための、未使用のパレットのようなものだろう。」
        「どうしていきなり美術の話になるんですか、」
        「虹は隠してある、在り処が分からない……ならば、”描く”方法を見つければいいのだよ。」
        とんでもなく突飛な空想だが、緑間はきっぱりと断言した。
        「”描く”って……。この雨が夕方に上がればきっと虹はどこかに出ますよ。それを探せば、」
        「妙な術にハマった赤司の視界にも、虹を描くための色だけは見えている。お前が鍵なことは確かだと思うが。」
        信じられない内容に困惑した黒子は返す言葉がなく、自分の作業の手が止まっている事に気付き再びプリントを取り上げた。
        紙の端で、指先が切れる。またたく間に血がにじんだ。
        「…………、」
        切り傷を咥えて、血を拭う。中身の血はこうして赤いのに、青だの白だのと人を色分けする仕組みが不思議でならない。
        理科室の灯りの下、黒子の視界は普段と何一つ変わらぬ色彩を放っている。
        目の前に座る緑間の白い制服、水色のシャツに黒いネクタイ。作業台は白い脚に漆黒の板が乗っている。
        ガラス戸棚は木製で薄いクリーム色、深緑色の遮光布にレールは銀色だ。
        赤司の見ている世界だけがモノクロになっているなど素直に信じられるはずがない。
        けれどどうしてか巻き込まれている自分自身が、女生徒として存在しているのは事実だ。
        緑間が語る一連の流れを、信用してしまっていいのだろうか。

        黒子が指を咥える様子をじっと見ていた緑間は、ファイル内の手帳からおもむろに保護パッドを一枚取り出し包装を剥いだ。
        細長いフィルムのようなものを無言で差し出してきたので、傷つけた方の手で受け取ろうとすればいきなり手首ごと掴まれる。
        作業台を挟んで腕相撲をするような体勢で、前のめりに倒されたまま素早く止血された。
        「……頼んだ仕事はもう終わるか。」
        「あと2部です。」
        胸で下敷きにしてしまったプリントには折れ目が付いていないだろうか。頼まれた仕事は丁寧に片付けたい。
        緑間は黒子の手首を掴んだままパソコンを閉じ、少しだけ顔を伏せて小声になった。
        「終わったらもういい。それよりも日没までの間、赤司から全力で逃げろ。」
        「え?」
        「このまま何もせずに過ごせば、問題なく元の身体に戻るはずだ。」
        「そんなに単純なことで、大丈夫なんですか。」
        「赤司はトリックを解く事にこだわっている。自分が勝つのは当然だからだ。
         本来ならば間違って賞品にされたお前の身体が効力を失えばいい話だ。答えを導き出さず放置すればいい。」
        静かに呟く緑間の声が、頭上から聞こえる。
        「……もちろんその場合、赤司は相手に負けたことになるが。」
        「負けはありえないでしょう、今まで見た事ありません。」
        黒子が反論すると、手首を掴む力がより一層強くなる。
        「赤司から身を隠すのは難しいかもしれない、だがこれが危険の及ばない最善の方法なのだよ。」
        どこか緊迫した様子の緑間に説得される。最善と言うなら他にも方法はあるのだろうか。
        しかし自分では全く解決策が思い浮かばないのだから受け入れるより他ない。
        「念のため聞きますけど、虹ってどうやって描くんですか。」
        上半身を倒したまま前のめりで見上げれば、きつく目を細めた緑間に視線を逸らされた。同時に手も解かれる。
        「……まだこんな茶番に付き合わせるつもりか、お前は残り2部作り終えたらすぐにここを離れろ。」
        「けど巻き込まれているのは僕自身です。キミが知っているなら、教えてもらう権利はある――――」
        「俺を頼りにしても解決はしないと、最初に言ったはずだ。」
        「じゃあ隠れるなら、ここにいちゃいけませんか。人目にはつかないでしょう。」
        「これは俺の方の問題だが、お前に居座られると集中できなくて困るのだよ。悪いが仕事の邪魔になる。」
        緑間は強い口調で言い放ち、それきり黙ってしまった。
        「……分かりました、これを作り終わったらすぐ出ていきます。」





        礼を言って黒子が去ったのちに、緑間は着信履歴を呼び出した。
        「……お前の予定通りに事が運ばないよう、仕向けたのだよ。」
        「なんだ、結局していないのか。惜しい事をするね。」
        電話口の声は、残念そうに話した。
        「答えが分かったなら、テツヤは真太郎にあげると言ったじゃないか。」
        「たとえ性別が変わったとしても、俺がほとんど顔の変わらぬチームメイトに欲情、興奮できると思うか。」
        「できるクセによく言う、何か思う所があったから拒絶して逃がしたんだろう。それに、身体は偽物なりによく出来ている。」
        「何故分かる。」
        「最初に脱がした。けれど手は出していないよ。」
        知らぬ間の暴挙に、緑間は憤りを感じつつも冷静に訴える。
        「…………今回は勝負を降りろ、」
        「いつまで経っても道具が揃わないな。もういっそ大輝か涼太に放ってしまおうか、テツヤには酷だけど。」
        話をはぐらかされ、説得の言葉は届かない。
        「だいだいアイツもアイツだ。中身が男のせいか今の自分の姿に無頓着過ぎる、目も当てられん。」
        「そう見えるのは抱える色味が増えたせいだろう。惑わされないよう、目を逸らしたくなるのも仕方がない。
         僕の見ていた限り、最初は自分の身体にひどく戸惑って緊張していたが――――、」

        「むしろ無防備な方が、この先は都合がいい。」
        機嫌よく返してくる声を最後に、通話は途絶えた。