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             王の食事(※赤→黒) 







        「これからはちょっと調子悪いなと思ったら、誰にでもいいからすぐに言ってね。」
        薬を飲み終えた黒子を寝かせ、桃井は布団をかけた。
        「……はい、」
        胸まで布団をかけられ、黒子は観念した風に返事をする。
        「他の皆も心配してたんだから。」
        「スミマセン、よろしく言っといてください。」
        「……ダメ。いつも通り元気になったら、練習に出てお返しするのはテツくんなの。」
        「そうですね。」
        「じゃあまた帰る頃に戻ってくるから、ゆっくり寝ててね。」
        黒子は小さく頷き目を閉じた。
        快方に向かっているのなら、他の部員と同じように乗り継ぎで帰ることが出来るだろう。
        紫原と桃井は部屋から出て宿舎をあとにする。

        午後の練習開始まで残り数分、練習場所へ戻る道を急いで歩きながら桃井は話を蒸し返す。
        「テツくんが調子崩してるの知ってたら、すぐに教えてよね。次に黙ってたら許さないから!」
        「だって吐いてたって割りには、吐いてたっぽくなかったし。」
        言い訳になってしまったが、紫原は昨晩から今日にかけての黒子に違和感を感じていた。
        「具合悪いって言ってたんでしょ?」
        「んー……、顔色悪かったのも、今思い返せばやけにピリピリしてたっていうか。
         神経尖らせてたっていうか〜、……今は全然平気そうだったんだけど。なんでだろ。」
        紫原の回想の中で、必死にうがいをしていた昨夜の黒子からはかすかに梅の香りがした。
        あれは桃井が注いで回っていたらしい梅昆布茶と同じ香りだろう。
        「私も、心労っていうのは気になるんだよね。短い集団生活でストレス溜めるほど
         部内に馴染めてないわけじゃないし。皆だって試合中のテツくんの実力、認めてるでしょう?」
        最初は反感の多かった三軍あがりの黒子の起用は、試合で結果を出すたびに受け入れられてきた。
        黒子の方は青峰をはじめ才能豊かな選手を間近で見ることが出来、自分が回したパスで大量得点をあげる
        近頃の試合展開を未だ信じられない想いでいるようだった。
        「ひょっとして知らない所で、誰かに嫌味言われたりしてるのかな……。」
        桃井が一人考えあぐねている間に、紫原もまた考えていた。
        「ねぇ、昨日の梅昆布茶。黒ちんにも注いで回った?」
        「注いでないよ?たぶん部屋に戻っちゃってて見かけなかったし。」
        「ふ〜ん、……じゃあおかしいね。」
        注がれていないなら、自分と同じように誰かのをもらったのかもしれない。
        しかし自分が飲んだ時点で、赤司にはいち早く給仕されていた。
        そこからすぐに菓子と取りに部屋へ戻り、夕食を戻したと言う黒子を見つけた。すでに梅の香りがした。
        赤司より早く給仕されていた人物がいるなら誰だろう。
        頭の隅の方にまだ何かひっかかっているが、その場所までうまく辿り着けない。
        「そうなの。おかしいのよ、赤司くんも。」
        桃井は唐突にその名を出す。
        「なんで?」
        「赤司くん、私と一緒にここまで戻ってきたの。二軍に急なメンバー変更があったからもしもの為にって。」
        「えっ、赤ちん来てんの?」
        「向こうで試合出てたんだけど、テツくん倒れたから抜けますって言ったら、なら僕も行こう。って、
         皆でびっくりしちゃったけど、話を組み立てるのが巧いから監督まで納得させられちゃって。
         じゃあ赤司くん抜きで現状どれだけ出来るか見ようかって事になったみたい。」
        「来る必要ないじゃん。」
        「でしょ?絶対おかしいって。」

        時間ギリギリに体育館へ着くと、本当に戻ってきた赤司が涼しい顔でオーダーを発表し、メンバーチェンジを告げていた。
        しかも午前中の布陣とはまるで違う、相手を徹底的に叩きのめすつもりの配置に並べ直してある。
        傍にいる二軍コーチは口出しせず、その指示を聞いて頷いている。
        絶対の信頼がある赤司の言う事には誰も逆らわない。
        二軍の試合に出るはずのない赤司は自らもスタメンに加えてなお、紫原の名を呼んだ。
        「敦、遅いだろう。次の試合は最初から出るんだ。」
        「……ごめんってばー、しょっぱなから怒んのは勘弁してよ。」
        「すぐにアップを取れ。」
        「ていうか、自分も二軍の試合出んの?」
        「ああ、合宿の成果を見ておきたい。見どころがある者がいれば、上と入れ替えよう。」
        それを聞いていた周囲が途端にどよめく。
        昇級テスト同様のチャンスが巡ってきたことに喜んでいる者は多かったが、場が和やかだったのはここまでだった。
        ウォームアップ後、昼過ぎの第一試合。
        赤司は紫原と共に出場し、一軍レギュラーの圧倒的な実力差を見せつけることとなる。

        一見、赤司自身に派手な動きはない。その代わりに無駄な動きもない。
        目の前に立つ相手が動いた瞬間から、全てのボールをカットし味方へ回してしまう。
        パスもドリブルも動作に入った瞬間に軽々ボールを奪い取られる、やられた方は何が起こったのか分からない。
        このゲームで赤司は自分で得点を決めようとせず全てをパスに回した。
        合宿の成果を見るという目的なのか、本来ここにいたはずの黒子の役割をこなしているのか判断はつかない。
        対戦相手校が一軍レベルにも及ばないので早々にゲームは破綻してしまう。
        相手チームにボールは一切渡らず、オフェンスに集中した紫原を中心とし帝光が得点し続ける展開が続く。
        種明かしもなく立て続けに赤司からボールを奪われた相手チームは、試合途中で心が挫けてしまったのか。
        向こうのベンチで監督が必死にげきを飛ばしているが、コート内が白けてしまっている。
        弱い者虐めと変わらないな、と紫原はぼんやり思うと同時にもう一つの考えが浮かんだ。
        ひょっとするとひょっとして、赤司は機嫌が悪いんじゃないだろうか。
        一緒にプレイする機会の多い紫原には変わらず冷静にみえる赤司が、絶対に逆らうことのできない支配者は
        こうして存在するのだと知らしめる事で、ストレスを発散しているように思えた。


        それでも対戦相手の手ごたえの無さに退屈したのか、赤司が選手交代をし次いで紫原も外された。
        ベンチ脇で汗を拭っている赤司は、自分が抜けた事でようやく動き出した戦況を観察しているかと思えば、
        近くに置いてあったらしい手荷物を持って外へ出ていこうとする。
        「あれ、もう着替えるの?試合は?」
        「戻って一軍へ合流する。何もしなくてももう負ける事はないだろうが、あとの判断は任せよう。」
        思いもよらぬ退場の早さに驚く、今日の赤司は無駄な動きが多過ぎて訳が分からない。
        「赤ちんさぁ、一体どうしちゃったわけ。どうしても勝ちたかったわけじゃないよね、こんな意味のないゲーム。」
        興ざめしてしまった試合には目もくれず、紫原は赤司に話しかけた。少しでも理由を探るためだ。
        「何を心配してわざわざこっち来たの。メンバーチェンジしないでも楽勝の相手だったし。
         俺は楽させてもらったからいいけど、桃ちんも不思議がってたよ。」
        「……僕が、心配をしてはいけないのか。」
        ベンチに座る紫原を横目に見下ろし、赤司は低い声で言った。
        「心配、もしかして黒ちんの。」
        「そうじゃない、」
        今度は思いの外、強い語調で否定してくる。珍しい、気が立っているのは確かなようだ。
        「でもさっきから怒ってるんじゃないの。」
        「何を。」
        「えーっと、こういう時何て言うんだっけ。腹の虫がなんとか……お腹がすいた?違うけどそんな感じ。」
        「……ああ、そう言えば空腹だな。」
        紫原の言葉を反芻して、赤司は思い出したように呟いた。
        「お昼終わったばっかじゃん。」
        「食べずに来たが、向こうにちゃんと用意してある。」
        一軍の向かった対戦校の事だろう。ここから車で二十分ほどの距離だ。
        行き来の時間で昼食が取れなかったなら、尚更ここへ戻ってきた意味が分からない。
        「よくそれで試合出たね、だったら早く戻りなよ。」
        「ああ、そうさせてもらう。」
        「さっき様子見に行ったけど、黒ちん朝よりは元気になったみたいだよー…」
        心配していないのなら言うだけ無駄だったが、何気なく発した言葉に赤司の背中は動きを止めた。
        「……そうか。」
        黒子の話題になると赤司の返答は短く曖昧なものになる。
        興味なさげにあっさりと返事だけすると、二軍コーチの元へ向かい一言二言交わしただけで
        すぐに出て行ってしまった。表情は冷めていて、やはり何を考えているのかよく分からない怖さがある。
        不機嫌な時の赤司は今までならもっと分かりやすい。
        例えば自分の思い通りに物事が進まない時、手駒である部員が言う事を聞かずに反抗した時。
        そんな時には普段以上に断定し切ってしまう物言いで、相手が折れるか退散するまで自論を展開し話をつけてしまう。
        感情的になって周囲に当り散らすような事はなかった、むしろ今、無茶苦茶な試合をした事が初めてだと思う。
        近くで見ていてもまだ底知れなくて怖ろしい、しかし従っていれば必ず勝てるから誰も文句を言わない。
        だから一連の行動も咎められない。
        主将である赤司に対して、今の部はあまりに妄信的だ。

        「これで誰もが、彼の判断は正しいと言うんだ。でもこれで、僕はまた逃げ場がないんです。」
        そう言えば、今朝の黒子はいつになく赤司に反抗的な態度を見せた。
        独裁的なやり方で急なメンバーチェンジは十分予測できることだが、黒子の雰囲気はもっと切迫していた。
        初めからそうだったわけではないだろう、これまでもそんな素振りはなかった。合宿中に何かあったのだろうか。
        妙な胸騒ぎがする、不自然に出て行った赤司はどこへ行ったのだろう。
        本当に一軍グループへ戻っていったのか確信が持てない、このまま一人で行かせてしまっていいのだろうか。
        黒子の様子がおかしい、そこに赤司が関わっている可能性を頭のどこかで否定できない。
        どうして自分だけがこんなにも不安がらなくてはいけないのか、昨晩立て続けに二人に出会ってから続くはた迷惑な話で。
        紫原は結局、第一試合が終わった後に体育館を出てジャージを羽織り、合宿所へ向かった。
        赤司がいなければそれでいい、ただの確認だ。取り越し苦労に終われば一番いい。

        少し走って辿りついた宿舎は、先の団体客は出払っているのか人の気配がなかった。
        日陰の落ちた昼の廊下を歩くのは初めてだ、練習時間にわざわざ戻ってくる部員は誰もいない。
        ひんやりと冷たい石の床にスリッパの音だけが響いていたが、黒子が寝ている部屋に近付くにつれ
        意味もなく緊張してきて、紫原は歩調をゆるめ足音を消した。ハラハラして息が詰まる。
        これが本当の神経衰弱だ。
        先日、合宿所の風呂上りにトランプへ誘われた時の事が思い浮かぶ。
        夜間は涼むにはちょうどいい気温で、人のまばらな集会場でテーブル席に腰掛ければ
        誰かが持ち込んだカードゲームが始まる。
        「じゃあ次〜、神経衰弱〜。一番札少なかった人、あとで罰ゲームねー。」
        「こんな大人数でやったって、面白かねぇだろ。オイさつき、そこの窓閉めろよ、虫入んじゃねーか。」
        「私一応まだ仕事してるんだからね、青峰くんの方が近いじゃない!もう!」
        「……神経衰弱って、ずいぶん物騒な名前っスよね。そんな胃キリキリさせながらやるゲームじゃないっしょコレ。」
        「バカめ、英語名はメランコリーだ。神経衰弱はただの誤訳だろう。」
        そんなやり取りがあったばかりなのに、けれど赤司と黒子はその時も見かけなかった。
        思いだせる断片は、不安材料ばかりだ。どうかしている。

        自分が何泊か過ごした部屋に迷わず着くと、引き戸の前には張り紙があった。
        ”休んでいる人がいます。入室禁止”
        桃井と二人で来た時にはなかったものだ。宿舎の人が気を利かせて張り出してくれたのだろう。
        これなら部屋を間違えて入る輩もいない。
        中では黒子が眠っているはずなので、音を立てないよう慎重に和室の引き戸を横に流す。
        しかしその瞬間、紫原は異様な空気を感じ取った。
        間仕切りのふすまは数センチだけ開いていて、室内の穏やかな薄日が漏れている。
        誰かがいる。かすかな喋り声がする。
        紫原は息を飲んで入室し、身体の幅の分だけスライドさせた戸を後ろ手に静かに閉じた。
        奥の畳の部屋からは、明らかな人の気配がした。聞こえてくる声色は、おそらく赤司のものだ。
        物音がせずともこちらの気配に感付かれているかもしれないが、中の話し声は止まらない。
        入口を伺いに来る様子もない。
        どうすべきか悩みしばらくその場に硬直していた紫原は、そっと腰を下ろし、室内を覗いた。

        「……で……、……少しは利口になったか。」
        ふすまのわずかな隙間からうかがえたのは、寝具の上に両膝を付いて黒子を押し倒している赤司の姿だった。
        「昨日の茶はずいぶんこぼして、台無しにしたな。」
        赤司の方が若干背丈が大きいが、それほど体格差があるわけではない。
        人一倍身体の大きな自分ならともかく、仰向けに組み敷かれている黒子が身体の動きを封じられて動けないのはなぜか。
        赤司は黒子の浴衣のみぞおちの辺りを膝で押し潰していた。
        さらに黒子の肩を片手で掴んだまま、自分の肘を喉元に押しつけて強く圧迫している。あれでは相当苦しいに違いない。
        抵抗すれば窒息させるような勢いで、絶妙な力加減で脅迫しているらしい。
        「吐いているのを流していたと聞いたよ、……一体何を吐いていたんだ。」
        「昨日は食べ物以外、口にさせてないだろう。」
        「……まぁ、……もしかしたら神経にキているのかもしれないが。」
        淡々と言い放つ赤司は、上に圧し掛かったまま座卓に置かれた湯呑みを掴むと、
        黒子の口へ向かって押し付け一気に傾けた。中身が熱いのか冷たいのか、ここからでは分からない。
        しかし流し込まれた液体はほとんどがこぼれ、枕元を濡らしてしまっているだろう。
        「そんなに不快な思いを、誰がさせたって言うんだ。」
        「……ぅ、……ごほっ、っ、………」
        「ほら、しっかり口を開けてくれないと、僕が茶を飲めない。」
        当然気管に入り込んだ液体に咳き込む黒子に構わず、赤司は強引に口付けを仕掛ける。
        ただ虐げているだけではないのか。出くわした光景に目を疑う。
        和室の中で起こっている事態に、紫原の理解は到底追いつけるはずがなかった。