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             王の食事(※赤→黒) 







        紫原は今日もたくさんの駄菓子を口にする。
        定番の棒状のスナック菓子からチョコレートに果汁グミ、ラムネ錠菓やチップス。
        コンビニでも容易く手に入れられるものから、駄菓子の専門店にあるものまで、幅広く取り揃えて味見をするのが好きだ。
        食事はもちろん毎食欠かさずとっているが、間食をするのもまた欠かせない。
        人より大きな身体を持て余して、人目もはばからずに包み紙を次々に破って口を動かしている。
        中学時代のチームメイトには受け入れられている日常風景だったが、この春に進学先で入部したバスケ部員たちは
        そうした紫原の日課をまだ胡乱げに見ている者もいる。
        キセキの世代の一人と賞賛され、恵まれた体格と身体能力を買われてスカウトされた身は何をしていても悪目立ちするのだ。
        居眠りを挟みながら新入生歓迎の催しが終わるのを待っている間、バスケ以外では冴えない木偶の坊かとの陰口が聞こえた。
        推薦で高校に進学した手前、好戦的になって外野を威圧するのも不都合で。
        なめられたままでも別に良かったが、学期初めの実力テストでは山も当たってなかなかの上位入賞を果たしてしまった。
        掌返しですり寄ってくる一部の同級生の褒め言葉も聞かず、菓子を食べ続けていたのを最初に受け入れてくれたのは
        本来の実力を認めているバスケ部員たちだったので、紫原は面倒臭いとは思いつつも少しだけバスケをやる気になった。

        「それだけの種類、いつも集めるの大変だろう?」
        学校帰りに話しかけてきた氷室は年上だが、自身も編入生ということもあり先輩面をしないので、気楽に話せる一人だった。
        「べつに〜、……好きなものなら切らさないようにしたいし〜。箱買いは基本っしょ。」
        紫原が持つ茶色い紙袋には、近くのコンビニで仕入れたばかりの大量の駄菓子が見え隠れしている。
        「学校の近くに、有名な和菓子のお店もあるけれど、今度行くついでに敦の分も買ってこようか。」
        「別にいらない。こういう方が好き。」
        紫原の返事は無意識に強張った、しかし氷室は気分を害する様子もなく、端正な横顔のまま隣を歩いている。
        「そうなのか、何でもいい訳じゃないんだな。」
        「……高級なお菓子は好きじゃないんだよね〜。それより限定品のフレーバー追っかける方が面白かったりするし。」
        すぐにゆるい口調に戻す紫原だったが、氷室の方は感心した様子で穏やかに話を続ける。
        「夢中になれる趣味があるのは良い事だよ。俺はアメリカ育ちで、日本の文化には少し疎いから。」
        「そういや室ちん、帰国子女だって忘れてたっけ。じゃあこれも知らないの?ジャジャン、まいう棒〜」
        「ああ、食べたことはないけれど。でも日本じゃポピュラーなんだろう?」
        「ウッソ、信じらんない。ダメだよ〜これは日本人なら食べとかなきゃ〜」
        紫原は袋の中から、棒状のスナック菓子を探し出す。
        「ハイ、定番チーズ味〜」
        きょとんと不思議そうな顔をしている氷室の手に、キラキラと銀色に光るパッケージを手渡す。
        「でもこっちの新作の方がいいかも?アメリカ育ちの舌にすすめるには、どれも捨てがたいぞ〜」
        好きなわりに惜しむこともない。駄菓子を食べるのはもちろん好きだが、すぐに分け与えられる気安さも気に入っている。
        受け取って笑みを返してくれる人物はけして悪い相手じゃない。これは紫原の自論だったがこれまで外れた事はない。
        予想通り、氷室は菓子を受け取って微笑んだ。
        「ありがたく、頂戴するよ。」
        目尻のすぐ下にある涙ぼくろの位置がわずかに上がったのを見て、喜んでくれたのが分かりやすくていいと思う。
        誰かに菓子を分け与えて、自分も嬉しくなったのは久しぶりだ。
        好きな菓子をいい気分で美味しく食べられる場所なら、バスケをやってもいいかとまた少しだけ想いを強くした。

        「で、どうして敦は高価なお菓子が嫌いなんだ?」
        唐突に、氷室が問いかけてくる。
        「はぁ?何、いきなり。」
        「さっきの言葉、好きじゃないっていうより憎々しげに嫌いって感じに聞こえたけど。
         それとも和菓子に反応したのかな……、両方?」
        氷室はこちらの様子を興味深そうに伺ってくる。
        まだ知り合って間もない氷室は害をなす人物ではないが、日本人らしくない臆面のなさは厄介だ。
        「好きじゃないだけ、嫌いでもない。……どっちでもないし。」
        紫原が苛立ちを表に出すと、それ以上の追及を諦めた。

        正確には、茶請けに出されるような美しい成りをした和菓子が苦手だ。
        当時流行っていた音楽を聴いて在りし日を思い浮かべる。
        ふと懐かしい匂いが薫って、切り取られた季節を思い出す。それと同じだ、味と姿で再認してしまう。
        過去、あの場面に出くわした時に、日常生活で最も欠かせない行動をとってしまったのが大失敗だった。
        刷り込まれてしまったものは仕方ない。何か食べていないと落ち着かない。平常心を保つ事ができない。
        最悪な食事風景だった。



        それは帝光バスケ部の合宿の夜だった。
        グループ別に割り当てられた夕食の時間からすでに赤司の姿はなかった。
        主将として監督やコーチとミーティングをした後、一人で食事をとっている姿を見かける事もあり、普段から不在は珍しくもない。
        明日の最終日には、他校との練習試合を控えているが一軍と二軍では対戦相手が違うので別行動となる。
        その話が長引いているのかもしれない。
        施設の多目的ルームではカードゲームに興じたり、雑誌を回し読みしながら時間を潰している部員の姿が目立つ、
        誰もがわずかな休息の時間を満喫していた。
        珍しくゆるんだ雰囲気の中、紫原は自室へ向かって廊下を歩いていた。夕食後のおやつが欲しくなったからだ。
        荷物の中には持ち込んだ大量の駄菓子が入っていたが、外出のできない合宿中に残りわずかとなってしまった。
        明日の帰りには買い足さなければならないだろう。帰り道のコンビニに、気に入りの限定味がまだあればいいと思う。
        集会場から離れると、廊下の端に自販機とローテーブル、ソファの置かれた一角がある。
        赤司はそこにいた。
        休憩中、静かに詰将棋をしていたらしい人物の傍らには、湯呑みと茶請けの菓子が置かれている。
        「敦か。」
        顔を上げもせずに、近づいてくる足音を紫原だと断定した赤司は、盤面から目を離さず駒を一つ動かした。
        そうしてようやく顔を上げ、盤面の隣にあった湯呑みに口をつける。
        「赤ちん、何飲んでんの。」
        「……気になるなら、飲んでみるといい。」
        すすめられて手を伸ばした紫原が中身を覗くと、茶色く澄んだ湯に散り散りになった赤い何かと黒い物体が浮いている。
        一口すすって顔をしかめ、舌を出した。
        「うぇ、何これ酸っぱいし。」
        「梅昆布茶だ、さっき桃井が淹れてくれた。今頃、向こうにも回っているだろう。」
        紫原はぬるい茶と小さな梅の果肉を無理やり飲み込んだ後、湯呑みをテーブルに突っ返した。
        「俺、要らな〜い。」

        ソファの上で膝を立てたまま思案顔の赤司を残し、紫原は施設内の自室に戻る。
        まだ戻ってきている生徒は少ないのか、宿泊部屋の周辺は静まり返っていた。
        節電対策で、天井の蛍光灯もあちらこちらで消灯されて薄暗い。
        数人が廊下を走る音がどこか遠くで聞こえ、窓の隙間からは木立の上で鳴く虫の音が聞こえる。
        部内で一番大柄な紫原は布団をひいた広めの和室があてがわれていた。
        通常なら大きな二段ベッドが壁際に置かれた手狭な宿泊部屋だが、成長期に二メートル近くまで
        背丈の伸びてしまった紫原では施設もさすがに想定外だったようだ。その為、他の部員と部屋が離れている。
        部屋へ戻り無事、目的の菓子を手に取り廊下へ出ると、途中の洗面台で誰かが多量の水を流している。
        水場をよくよく見れば、黒子だった。
        上へ傾けた蛇口からあふれる水流を口に含み、しきりにうがいをしている。
        何度も何度もばしゃばしゃと派手な水音を立て、かんしゃくを起したように口内を洗い流す作業に没頭しているのを
        紫原は怪訝に思い、声をかけるのが少し遅れた。
        「…………何してんの?」
        人に見られているのに気付かぬほど、口をゆすぐのに夢中になっていたのだろう。
        すぐさま振り返った黒子は、紫原を見つけると明らかに動揺した。
        「ちょっと、夕食を……戻してしまって、」
        無作為に消された蛍光灯の下、影の落ちた黒子の顔は少し青白い。
        表情の変化は控えめだが、不味い現場を見られた、という心情が珍しく丸分かりだった。
        「午後練きつかったっけ。ただでさえイレギュラーな黒ちんに、レギュラーと同じメニューは無理っぽい?」
        「……いえ。」
        否定する黒子はよそよそしく目を逸らす。ただでさえ部内で小柄な背格好で、その表情は全く見えなくなった。

        同級生であるはずの黒子のことは、最初まるで存在に気付かなかった。
        が、主将となった赤司の推薦で二軍・一軍と紛れて練習をするうちに、
        とんでもない便利屋だということが自分にもよく分かった。
        思いもよらぬ場所から通る黒子のパスは紫原の得点力も飛躍的にあげ、帝光の強さをより圧倒的なものとしている。
        何も持たなかったはずの黒子の能力を、見出した赤司の発想の転換、冷静な判断力をまざまざと見せつけられ、
        同じ歳ながらとんでもなく頭の切れる人物だと、早々に降参した。
        実際、赤司の言う通りに動けば何もかもがスムーズに上手く進む。
        どんな難局も覆して、王手をかけられた相手は何もできずに敗北する。
        調和を乱す駒は手元に置かず、退部へ追い込む冷酷さもある。とりわけ相手に戦意を失わせる策を好む。
        全て赤司の下で、プレイする中で分かってきた事だ。巨体な見てくれで意図せず相手を脅してしまい
        怖い物などそうなかったはずの紫原でも、現主将にだけは逆らうまいと心に決めている。
        だからこそ思う。黒子が嘔吐するほどの練習量を、赤司は本当に課しているのだろうか。
        「……赤ちんならそこんとこ、分かってそうでもあるけど、」
        ふと浮かんだ疑問を呟いた紫原に構わず、黒子は黙ったままタオルで口元を拭っている。
        夜の気温はそう低くもないが、体温が冷えているのか手の色が悪い。
        「風呂、今なら空いてると思うから、もっかい入ってくれば?なんか冷えてそうだし。」
        湿ったタオルを握っている黒子の白い手は、部屋着の胸元へ滑り落ちた。
        よく見れば、着ているシャツも広い範囲がひどく濡れてしまっている。
        どんなうがいをすればこれほど水をこぼせるのか、紫原はますます不審に思った。

        探る視線を受けた黒子は口数少なめに、スミマセン、まだ具合が悪いんで。と自室の暗がりへ戻っていく。
        足早に去っていく黒子が残していった空気の淀みには、嘔吐していたという割に鼻につく嫌な臭いは一切なく。
        何故だか湯呑みの茶と同じ、清かな梅の香がした。