秋波さざなみ  







        理性が保てる縁ギリギリまで追い詰められて後、持ち上げられた踵が合図。

        嫌々首を振り顔をそむける黒子をなだめて、その膝が割り開かれるところまできてしまったら。
        強烈な刺激からはもう逃れられない。
        内股にあたる吐息と同じ箇所に吸い付かれ、さらに口内に待ち構えている舌の熱さを悟り、身震い。
        「・・・ぅ・・・、っ・・・・・。」
        性器を優しく食まれた時には、声にならない吐息が漏れた。
        あがる控えめな嬌声。その先、耐え切れず荒く動き出す足先を、黄瀬は持ち上げた足首ごと軽くあしらって
        咥内の遊びに没頭している。
        舌の先端と平たい面とで優しく撫で上げられ、追立てられて、柔い圧迫感に目の前がチカチカと明滅して
        天井が見えなくなる。アゴを引き、首を左右に振って、下腹に覆いかぶさる黄瀬を見下ろしても
        何故そんなことができるのか理解に苦しむ光景が広がっているだけだ。
        「・・・・・・、・・・・・・っ、・・・・・、、」
        「ここ?」
        「・・・・・・・ひ・・ぁ、・・・っ・・・・・・・・・・、っ・・・・・」
        「ね。」
        短い遣り取りの合間に、ずぶずぶと遠慮なしに黄瀬が施す口淫に煽られ、後先何も考えられなくさせられる。
        身体も意識も強制的に興奮させられる。
        唾と、先走りの液とでべたべたになってしまっている内股の不快感に耐えきれず、
        片手で枕を手繰り寄せて膝に抱き、布地を口に押し込むようにして、黒子は必死に声を抑えていた。
        ベッドの壁際に背を預け、開脚させられている状態で、しゃくり上げ、すすり泣くような声は次々に溢れ出る。
        止めたくても止められない。
        肉付きの少ない太腿を立て、体育座りのような体勢で、股下に黄瀬の上半身を挟んでいる。
        みっともない有様を晒し、顔をあげられなくなっている黒子に対し、身を起こした黄瀬は真正面から覗き込んできて
        空いた手のひらで黒子の頬を撫でてきた。
        「・・・・・・・・・・・・っ、・・・・。」
        「可愛い。」
        「も、・・・やめ、」
        「顔、もっと見せて。」
        汗で湿った首筋に黄瀬の手のひらが触れ、黒子はくすぐったさから身をよじって顔をあげた。
        口に押し込んでいた枕は、咥えていた分だけ円を描くように唾で濡れている。
        第一波、二波と込み上げる射精感に、ふらふらと酩酊状態なのは分かっている。
        自分をそうしたはずの黄瀬が、乱れなく整ったままの容貌で覗き込んでくるのが悔しかった。
        これ以上観察されては堪らないと反発し、わざとベッドを軋ませて足先で蹴り上げても、
        やはり手のひらに捕らわれたままの踵ごと、軽くかわされる。
        黒子が返す全ての反応を、甘く微笑みながら嬉しそうに見ている黄瀬の前では、何もかもが逆効果だった。



        踵を包む手のひらの、ちょうど土踏まずの位置に食い込んだ人指し指の爪先は、
        快感に耐え切れず蹴り上げるうちに、足裏の薄い部分の表皮を削って赤く腫れていた。
        黒子の抵抗を受け流していた黄瀬はもちろんその引っかき傷に気付いていて。
        目覚めた後、もはや自ら動かせなくなってしまった身体を丁寧にいたわる所まで好んでやりたがった。
        汗と潤滑剤まみれの身体を拭い、擦り傷には軟膏を塗る。
        シャワーを浴びる余力があれば、湯船に一緒に入りたがる。
        サイドの髪束を耳にかけ濡れ髪を掻きあげる黄瀬は、非常に機嫌が良さそうに微笑み、
        降り注ぐシャワーの飛沫を被ったまま、汗と汚れを流す黒子を見下ろしていた。
        一気には排出されず時折り、足の間からこぼれてくる白い液に羞恥心を煽られ、
        タイルを背にへたり込みそうになる黒子を支え、また何度も口づけながらなだめてくる。
        ぐったりと疲弊していたって子どものように小さな身体ではないのに、
        黄瀬は黒子をたやすく腕の中に捕え、湯船の中でも背後から抱きしめてくる。
        そうして肩口に小さく施してあるキスマークを再度、唇でなぞりながら
        「誰にも診せちゃダメっスよ。」
        全部。治るまでオレが看るから。
        刷り込みのように耳元で繰り返される言葉を、黒子はぼんやりとした頭で聞いていたが
        その思惑の通りの暗示にかかっていたのかもしれない。

        それから黒子は誰にも知られず、一人の時間を探しては傷口の絆創膏を取り替えていた。